中原誠十六世名人の大ポカ(第48期名人戦第2局)

将棋マガジン1990年7月号、萩山徹さんの第48期名人戦第2局観戦記「中原、稀に見る大ポカ」より。

将棋マガジン1990年7月号グラビアより、名人戦第2局感想戦の模様。撮影は中野英伴さん。

 本譜の▲2四歩が好手。この歩を突かず単に▲1六飛は、△2七馬▲1三香成△2一玉で攻めが続かない。

 ところが、▲2四歩△同歩の突き捨てを入れれば、同じように進んだ時、▲2三歩(詰めろ)が利くのである。

 谷川が全体重を乗せて放った▲2四歩という右ストレート、思わぬダメージを中原に与える。

6図以下の指し手
△2五桂打(途中図)▲同飛△2四歩▲同飛△2三金▲2五桂△2四金▲1三香成△2一玉▲3三桂成△1三香▲2三歩△2二歩▲同歩成△同飛▲2五桂△4四角▲2二成桂△同角▲7二飛△5二歩▲同飛成△3二香▲2三歩△同金▲4二金(投了図)まで、105手で谷川名人の勝ち。

 ▲2四歩を見て、「いい手だねえ、中原さんこれをうっかりしていたんじゃないか」と石田八段。

 ところが、調べてみると▲2四歩はまだ致命傷に至ってはいなかったのである。6図以下、△2四同歩▲1六飛△2三玉▲1八飛に、△1七歩とか△2五桂という手があって、まだまだ大変なのだ。

 こう指すはず、とモニターテレビを見守る控え室の面々の目に飛び込んできたのは△2五桂打。皆、目を疑い、ざわめきが起こり、そして言葉を失った。

 ▲1三香成△同玉▲2五飛に△2四歩と先手を取るつもりが、▲2五同飛という真正面のパンチだけが、何故か見えていなかった。というより、パンチに向かって突進していってダウン―。

 もちろん谷川も己の目を疑ったに違いない。モニターに映った谷川は逆に緊張しているように見えた。▲2五同飛に4分、▲2四同飛に20分、小刻みに体でリズムを取りながら、寄せを読む姿は何か使命感に包まれているように感じた。

 一発で眠らせなければいけないという―。

 相手はカウント8で起き上がる。そこで鈍い連打を浴びせるのは、谷川流ではない。

 投了と同時に対局室になだれ込む取材陣。

 あれほどの大ポカで負けた直後というのに、中原には普段と変わりない落ち着きと風格があった。

「ひどい錯覚だった。びっくりしただろうね」と冗談めかしてボヤいたが、悪びれた様子はない。

 勝った谷川としては、力でねじ伏せたという将棋ではないが、タイに持ち込むことができたという安堵感が体に溢れていた。

* * * * *

△2五桂打(途中図)は25分の考慮の後に指されている。

中原誠十六世名人でも、このようなことが起きることがある。

人間対人間の勝負の面白いところでもある。

* * * * *

これほどの大ポカだと、かえって後に引かないのか、あるいは中原十六世名人の天性のものなのか、この後に悪影響は出ず、この名人戦七番勝負は4勝2敗で中原挑戦者が勝ち、名人位を奪取している。