萩本欽一さん「そういえば能君と一緒に小学5年生の先崎君が来たことがあったなあ。この子がまた憎たらしいの」

将棋マガジン1991年1月号、萩本欽一さんの自戦記「欽ちゃんのドーンと指してみよう 第1局 対米長邦雄王将 二枚落」より。

 ド~ンと指してみよう、なんて言ったってプロ棋士に本気を出されたら勝てないのはわかっている。

 そこでボクが考えた作戦は、まず定跡に忠実に指すこと。そして正座をくずさずに行儀良くすること。

 プロ棋士はみんな優しいから、二枚落ちくらいの手合いだと下手にうまく指してもらって気持ち良く負けてあげよう、という心情が少なからず働くみたいなのね。

 それを最大限に引き出すのがボクの作戦なわけ。

 今回の米長王将に初めて教わった時のこと。

 守るべきか、攻めるべきかどうしてもわからない。

 そこで何げなく作戦を遂行。

「守るのかなあ、攻めるのかなあ。ボクにはわからないけどプロは知っているなあ」

「守るのかなあ」と言って王将の目を見たの。これは応答がなかった。

「攻めるのかなあ」とまた目をのぞきこむと今度はハッハッハと笑ったんだ。

 じゃあ攻めるんだというんで攻めたら勝っちゃった。

 こうはうまくいかなくても、何かしらシグナルを送ってくれるだろう。

 それを行儀良く待つことにしよう。

(中略)

 最近はNHK、テレビ東京で見るだけで指すことはほとんどない。なんせ相手がいないんだよ。

 昔は楽屋なんかでもよくやってるのを見たけど今は全然……。

 若い人なんかは一人でウォークマンを聴いてる。ちょっとさみしいね。

 ボクが熱中したのは10年くらい前からの2、3年。

 NHKの将棋講座、テレビ対局を見て、うちのスタッフなんかとやるようになったのが始まり。

 そのうちに誌上でお好み対局をやりませんか、と声が掛かるようになって、最初にお手合わせ頂いたプロ棋士が石田和雄八段。

 定跡も何も知らなかったのに二枚落ちで勝っちゃった。

 次に教わったのが加藤一二三九段。

 その時の助言がありがたかった。

「プロは定跡以外では負けません。だから定跡を覚えて下さい」って。

 それでちゃんと定跡を勉強するようになったのね。

 それにしてもハチャメチャなボクの指し手にも「わー、いい手だ、ああ、いい手だ」と言いながら負けてくれた石田さんはいい人だなあ。

 定跡を覚えるために買ったのが森雞二九段の本だった。

 そしたら、たまたま森さんと指す機会があったの。それで本の通りやったら、最後の詰ます所まで本と同じになったんだね。

「本読んでるね。僕も本を出してる以上、手を変えられなかった」だって。森さんはあの無邪気な笑顔でケラケラ笑ってんの。

 将棋指しはみんななんか天真爛漫なところがあって面白い。

(中略)

 8年くらい前に王将の紹介でお弟子さんの伊藤能君に来てもらっていたことがある。

 半年くらいの間だったけど月に2、3回、スタッフとか大勢でワイワイガヤガヤ。「3連勝したら飛香落ちにしましょう」なんて言ってやってたけど、当時初段の能君についに3連勝できなかったんだ。

 わけのわからない所に歩を打たれたり突き出されたりして慌てふためいちゃう。

 負けて感想戦をやると、

「これは困って突いたんですよ。黙って取っておけば良かったのに」

 なんてね。本当にくやしい。

 と思っていると次は、

「ここは放っておけば何でもなかったんです。こっちが急所だった」

 憎たらしいったらありゃしない。それでわかったことは、上手の手を必要以上に恐れたり驚いたりしてはいけないということ。

 上手はいつも困っている。

 そういえば能君と一緒に小学5年生の先崎君が来たことがあったなあ。

 この子がまた憎たらしいの。

 こっちが5分、10分考えてるのにキョロキョロきょろきょろ。やっと指すと、同時に先崎君の手も出て来てパチン。そしてまたキョロキョロ。

「大人は一生懸命考えてるんだから少しは困ったようなフリをしなさい」て言ったら、口を尖らせてフクれちゃったのがおかしかった。

 またに少し考えてるから困ってるのかな、と思って顔を見ると、鼻を上下左右に動かしてフンフンフンだって。

 大の大人に対して鼻で読むな、なんてね。

 本当に面白い子だったよ。

(以下略)

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萩本欽一さんの二枚落ち六番勝負企画。

「NHKの将棋講座、テレビ対局を見て、うちのスタッフなんかとやるようになったのが始まり。そのうちに誌上でお好み対局をやりませんか、と声が掛かるようになって、最初にお手合わせ頂いたプロ棋士が石田和雄八段」

萩本欽一さんががNHK将棋講座を見始めた頃の講師が石田和雄八段(当時)。

そういうわけで、最初は石田八段との対局となった。

「欽ちゃんと将棋を指してください」

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ある時は、「これは困って突いたんですよ。黙って取っておけば良かったのに」

また、ある時は、「ここは放っておけば何でもなかったんです。こっちが急所だった」

このような部分は、将棋と人生、両方に存在する。

だから両方とも奥が深くて難しいことも多い。

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「上手の手を必要以上に恐れたり驚いたりしてはいけないということ。上手はいつも困っている」

これは本当にそうだと思う。

萩本欽一さんの着眼が素晴らしい。

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先崎学少年については、また明日さらに詳しく。