将棋マガジン1990年8月号、神吉宏充五段(当時)の「へえへえ 何でも書きまっせ!!」より。
夕方の棋士室。若松六段、木下六段、村山五段、藤原四段、畠山(鎮)四段と結構棋士が集まっている。村山がマージャンをやめたと森さんに聞いた。何でも酒とマージャンを1回やると、罰金として10万円森さんに払うのだという。ほんまかいなと尋ねると「ええ、でもマージャンはやめてませんよ」
「?」「やめたのは棋士と打つマージャンの事。やりたい時やりたいんで、断りきれなくなるのがイヤだから仲間とはやめたんです」
「そうなんや」しかし森、「10万円は魅力やからなあ、たまに金のない時に師匠を助けてもらわんとな」冗談っぽく言ったが、実は本音。
この後村山は阿部五段に電話を入れて、最近凝っているカラオケボックスに向かった。
藤原が椅子の上に靴を脱いでアグラをかいている。ちょっとヘンだが、本人に言わせると「若松門下は皆このスタイルなんです」はて、井上五段はわかるが谷川名人がそんな格好をしていたかいな?
(以下略)
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昨日の記事と同じ号なので、神吉宏充五段(当時)の記事の方が時間差で最新なのだろう。
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罰金として10万円は、森信雄五段(当時)から持ち出したのではなく、村山聖五段(当時)から自発的に持ち出された可能性もある。
この辺は、なんともわからないところ。
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「やめたのは棋士と打つマージャンの事。やりたい時やりたいんで、断りきれなくなるのがイヤだから仲間とはやめたんです」
と話している村山聖五段だが、少なくとも八段になって東京に来てからは棋士と大いに麻雀をやっているし、酒も飲んでいる。
いつ頃までこのことを守っていたのかはわからない。
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「若松門下は皆このスタイルなんです」
椅子に座って正座をして対局をしている少年の姿はたまに見ることがあるが、飲みに行って椅子の上でアグラはたしかに珍しい。
井上慶太九段一門に継承されているのかどうか、、、きっとされていないと思う。