大優勢時の大雑念

近代将棋1984年4月号、田中寅彦七段(当時)の第2回朝日・全日本プロトーナメント戦決勝〔対谷川浩司名人戦〕第3局自戦記「敵以上に弱かった」より。

 第2回全日本プロトーナメント戦では、ここまで振り返ってみると幸運な勝ち星を重ねてこれたような気がします。谷川名人との決勝三番勝負では、1局目は行き過ぎでやられたものの、2局目は優勢な将棋をおかしくしてしまった後、最後は運良く勝ったという感じでした。

 決戦の3局目を迎え、対局直前までは、ここまで来たら無欲でやるだけ……と思ってはいたのですが、どうも局面が良くなってからダメになりました。勝負の結果は朝日新聞の報道でご存知の通りです。残念ながら敗戦の記とはなりましたが、”大勝負初体験の記”にちょっとお付き合いください。

(中略)

念力をかける

 番勝負の最終局では先後を決めるのにあらためて振り駒が行われます。攻めを身上とする私としては是が非でも先番が欲しいところです。記録係が駒を宙に舞わせた瞬間、『うらが出ろ』と念力をかけました。

 首尾よく先番となり、こうなれば作戦は第2局で勝利を収めた飛先不突矢倉です。

 谷川名人の対応策が注目されるところですが、名人は大方の予想にない陽動振り飛車を採用してきました。私の得意とする飛先不突矢倉と居飛車穴熊を共にさけるうまい作戦です。対して私は▲2六歩~▲2五歩と早めに飛先を伸ばしました。

 こちらとしては、すでに▲7七銀と上がってしまっていても穴熊に囲えば囲えないことはなく、実戦例もあるのですが、今日は一つ積極的に行ってみようという気分です。

1図以下の指し手
△7四歩▲6八銀△4四歩▲4六歩△2二飛▲3六歩△5二金左▲3七銀△7一玉▲3五歩△同歩▲2六銀(2図)

ときめき

 1図の局面で谷川名人がちょっと考え込んだのでドキッとしました。というのは、ここまでの将棋は今期のB1組順位戦で丸田祐三九段と指したものと寸分たがわぬもので、ちょうどこの1図となった場面で同じように考えられた丸田九段は、先手の位取りをきらって△7四歩と指してきました。そこで私は、この構想をとがめる意味で急戦に出、それがまたうまく行き過ぎるほどの効果を発揮して快勝したのでした。本誌1月号の本欄で紹介しましたのでご承知の方も多いと思います。

 果たして名人は△7四歩と指してきました。……もしかしたら谷川名人は田中-丸田戦の順を知らないのではないか……。不思議な胸のときめきを覚えたものでした。

 後で分かったのですが、谷川名人はこの順は読んではいたものの、対局時には忘れていたとのことでした。

 私が▲3七銀から▲3五歩と火の手を上げたところで谷川名人の表情がおかしかったような記憶があります。確か名人はトイレにも立ちました。ここで、谷川名人は田中-丸田戦を思い出したのでした。このコースは先手よし。後手としては逃れようがないところまで局面は進んでしまっています。

2図以下の指し手
△4五歩▲3三角成△同桂▲3五銀△4六歩▲3四歩△4二飛▲3三歩成△4五飛▲3四銀△3五飛▲4三銀成△6四角(3図)

楽勝の順

 △4五歩と谷川名人が手を変えて、対丸田九段戦とは別れをつげました。しかし、この順も、1月号の自戦記にあるように、▲3五歩と仕掛けるに当たって心配はしたが読んでみて大丈夫と自信を持った変化なのでした。その時は本譜と全く同じに進めて▲4三銀成に△3九飛成と飛車を成ってきても▲5二成銀△同金▲3八金(参考1図)で先手よしと解説したはずです。

 本譜は▲4三銀成の後、谷川名人の△6四角となりましたが、成れる飛車が成れないのですから後手が良いわけはなく、先手楽勝と言ってもいい分かれです。

3図以下の指し手
▲5二成銀△同金▲4三金△6二金▲5三金△同金▲4三と△同金▲2六角△3四歩▲4八飛△8二玉▲3五角△同歩▲6六桂△4四角▲7七銀△6五銀▲4五飛△7三桂(4図)

雑念

 3図に至ったのが昼食休憩の30分程前だったでしょうか。まだ午前中では優勢になる時間としては早すぎますし、腰を落ち着ける意味もあって昼休みまで指すのをやめにしました。しかし、こういう下手な考えが浮かぶこと自体、変調の始まりだったのかもしれません。

 心の一方では、余計なことを考えてはいけないと思いながら、大優勢な将棋なのだから絶対に負けてはいけないことはもちろん、きれいに勝たなくてはならない、とか、名人ともあろう者が、こういう将棋を指している、とか、この程度で名人になれる、とか……。

 昼休みをはさんで40分ですから、相当に手を読んだつもりでしたが、今、反省してみるに、どうも対局時の私の読みは大局的な思考を失ったものであったようです。敵には何も与えずに勝とうとした結果が本譜であり、ある程度の優勢は保持しているものの△4四角と打たれたあたりでは道中が長くなっているという感じが否めません。

 3図での私の第一感は、▲2七飛でした。以下、△3八飛成なら▲3七飛とぶつけて△2九竜▲5二成銀△同金▲4三と△同金▲3一飛成△6一桂▲8三桂△同銀▲5二角(参考2図)で先手楽勝です。

 この順は、相手にも何かやらせるというものです。大体、勝負において自分だけは無キズで終わらせようなんてことはできっこないのですから、普段の私だったら当然こう指していたはずなのですが、この時は、正直言って、△3八飛成と飛車を成られて△2九竜と桂を取られるというのが恐かったのでした。全く我ながら情けないと言う他はありません。

(中略)

 ああ、しかし、名人の手から水がもれたというのに、私の指した次の一手▲3一銀は何という一手でしょう。この▲3一銀こそが本局の決め手になった敗着でした。絶好球を目の前にしながら、あたらこれを見送ってしまったのです。

(中略)

 今まで、こうした大舞台に出たことはなく、いろいろなタイトル戦の将棋を研究したりしていると、何故こんな強い者同士がヒドイことになるのか、と不思議でしかたがなかったのですが、それがようやく分かりました。大勝負に名局なし、といいます。私も途中からはカチカチになっていましたし、その前の開き直る前の谷川名人の序盤はヒドイものでした。この将棋においては、おそらく、将棋の神様も「困った子供たちだな」という気持ちでいたのではないでしょうか。

 負けたことはくやしいけれど、まだ先は長い道のりです。相手に勝つよりまず自分に勝たなければならない。ということを肝に銘じることができたことは大きな収穫でした。それに、大舞台の上でもそこそこ戦えるというそこはかとない自信をうることもできました。

 これまで谷川将棋を弱い弱いと思っていたのですが、勝負師は悪くなっても動じないというのが大事なことで、彼はその気持が備わった人だと思います。特に、この将棋では、午前中にあのような局面になってしまい、私がもし向こう側に座っていたらどうなっていただろうか、と考えると空恐ろしい気がします。その点において非常にうるところがありました。私も谷川名人のような勝負師になれるように頑張りたいと思います。この次に顔を合わせる時は、相手に勝つ前にまず自分に勝つよう心がけて臨みたいと思います。

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近代将棋1984年6月号、「名棋士インタビュー 谷川浩司名人の巻 普通にしているのが一番ですね」より。インタビュアーは谷川俊昭さん。

―朝日はだいぶエキサイトしたようだけど、とにかく優勝おめでとう。

「あ、どうも(笑)、今度はね、普通に指して勝とうと思ったんです。だから振り飛車もやめたのね。でも、1,2局は比較的冷静だったけど、だんだんそうでもなくなっちゃった」

―それは例の田中さんの”あれぐらいで名人になる男もいる”という挑発的発言が原因なの。

「いや、まあそうでもないんだけど。田中さんも、文章で読む感じと、会った感じはかなり違うでしょ。ある程度サービスマンシップでやってるんじゃないかな。終わった後の打ち上げの席でも言われたんですね。”今回はどうも挑発的なことを言ってすみませんでした。まあ、こうやった方が盛り上がるし”ってね。だけど正直言って、あの記事を読んだ時は、ちょっとカチンときましたね。だってあれは米長-田中戦の自戦記でしょ。私が出てくる筋合いはないもんね。一瞬、何が始まったのかと思いましたよ。まあ、今回は痛み分けですね。将棋は1勝2敗、勝負は2勝1敗ということで。結局、二人には優勝経験という点で差がある。その違いが出たんでしょうね」

―2局目はたまたま都合がついたので感想戦はのぞいたんだけど、自信のあるはずの終盤戦でせり負けただけに辛そうだったね。ところで3局目、あの将棋はどうだったの。

「あの将棋は、考え過ぎて、一番悪い順を選んでしまった。陽動振り飛車は、後手番になった時の作戦だったけれど」

―ああいうのは、谷川理論からいうと構わないわけ。

「ああ、そういう話ね(苦笑)、まあ、ひとつの戦法だけど、ある程度のうしろめたさはありましたね。普通の振り飛車なら挑戦だけど、あれじゃ逃げだもんね。まあ、後手番の作戦としてはかなり優秀だけれど。そのあたりうしろめたさが、あのまずい序盤戦につながったのかもしれませんね」

「まあ、いろいろあったけど、やはり素直に喜びたいですね。名人になってからも、柄にもなく”何かタイトル戦に出たい”と言ったでしょ。そう言いながら、すべてのリーグ戦から落っこっちゃった、今回はどうしても勝ちたかった」

(以下略)

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「まだ午前中では優勢になる時間としては早すぎますし、腰を落ち着ける意味もあって昼休みまで指すのをやめにしました」

腰を落ち着けようと考えるのは厳密には雑念には入らないかもしれない。事実、この時点では快調に進行している。

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「心の一方では、余計なことを考えてはいけないと思いながら、大優勢な将棋なのだから絶対に負けてはいけないことはもちろん、きれいに勝たなくてはならない、とか、名人ともあろう者が、こういう将棋を指している、とか、この程度で名人になれる、とか……」

「敵には何も与えずに勝とうとした結果が本譜であり」

この部分がこの対局での雑念の中枢部分ということになるのだろう。

・大優勢な将棋なのだから絶対に負けてはいけない

・きれいに勝たなくてはならない

・敵には何も与えずに勝とう

形勢が大差になった時は、優勢な側がこのようなことを考えてしまう場合が多い。

その結果、完璧を自分の中で求めるがゆえに、手が伸びずに、逆転されてしまうケースも多い。

これは、プロにもアマにも共通する心理だと思う。

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谷川浩司名人(当時)の「あの記事を読んだ時は、ちょっとカチンときましたね」は次の記事を指している。

田中寅彦七段(当時)「一方、あのくらい!?で名人になる男もいる」

「谷川先生が怒っているんですよ」