近代将棋1987年10月号、高林譲司さんの第28期王位戦七番勝負〔高橋道雄王位-谷川浩司九段〕第4局観戦記「谷川 王位奪取あるか」より。
早くも継ぎ盤の田中魁秀八段は、「谷川さんの優勢な変化ばかりになる」という。
午後5時半が封じ手の時刻。高橋王位は指し手をすでに決めており、時間とともに立ち上がった。昔は封じ手時刻のあと延々と考えることがよくあった。高橋王位は大抵、定刻に封じる。このあたりにも現代的な合理性が感じられる。
夕食は一同、一緒にとった。高橋王位は新聞に目を通しながら、やはり口数は少ない。谷川九段は観戦記者たちと談笑。食事のあと、麻雀を少しやろうという話になった。
記者室が麻雀の対局場。さて勝負と部屋に入ったとたん、テレビが大声を出した。クロマティが今、サヨナラホームランを打ったところだ。阪神ファンの谷川九段が、
「向こうさん(高橋王位)は、独り、部屋の中でほくそえんでいるだろうなあ」
と悔しそうな表情。麻雀もちょいへこみで、「ヘンなものを見ちゃったから」
半荘1回で、谷川九段は部屋に引き上げた。
(以下略)
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谷川浩司九段は熱狂的な阪神タイガーズファン。
高橋道雄王位(当時)は熱烈な巨人ファン。
「クロマティが今、サヨナラホームランを打ったところだ」
ウォーレン・クロマティは、1984年から1990年まで巨人で活躍した。
ホームランを沢山打ち、打率も高い人気選手だった。敬遠の球を打ちサヨナラ安打にしたという実績もある。
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「向こうさん(高橋王位)は、独り、部屋の中でほくそえんでいるだろうなあ」
調べてみると、この日の試合は巨人-阪神戦ではなく、巨人-広島戦(2X-1で巨人の勝ち)。
阪神が負けたわけではなく、巨人が勝っただけでこのような発想をするところが、勝負師の真骨頂と言えるだろう。
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1987年度、セリーグでは巨人が1位で阪神が最下位となっている。
谷川九段にとっては、野球に関しては見るもの聞くもの、ストレスがたまることばかりの年だったということになる。
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「半荘1回で、谷川九段は部屋に引き上げた」
少し負けたなら、もう1回半荘をやって気分良く終わろう、と思うのが人情だが、1回だけで切り上げるのが自制心の強いところ。
見習いたい。