昨日からの続き。
将棋世界1988年2月号、河口俊彦六段(当時)、石堂淑朗さん(脚本家)、読売新聞の山田史生さんによる「特別企画・新春辛口座談会」より。
司会 それそろ今年の事を占っていただきましょうか。
山田 南が頭角を現してきましたね。昨年、棋聖、王将と立て続けに挑戦権を得ましたし。
河口 一昨年の暮れも棋聖戦に出てきたんだけれど、何かこう季節で好不調があるみたいで、中原、米長にもそれがあるようだし、トップが安定してないんだよね。
山田 高橋が年間を通すと一番安定感があるんじゃないかな。
河口 それは一昨年辺りから抜けてますよね。
山田 乱世をまとめる候補としては一番手じゃないかな。B1も当確の星だしね。
司会 A級の人からよく勝負はAに昇ってから、というような声をききますけれども、皆がそう思っているんでしょうか。
河口 それは前はA級にも権威があったから言えたけど、今はちょっと違うんじゃないかな。
山田 そうね、高橋と今のA級の何人かとどっちが強いか、を比べたら、はっきり高橋の方が上なんじゃないかな。
河口 来期、仮に高橋をA級に入れたら本命ですよ。これは間違いない。
司会 羽生四段はどうですか。
河口 本命に推す人もいるだろうね。
山田 AやB1でも遜色ないんじゃないかな。実際のところ。
司会 順位戦は今期は谷川さんの挑戦が濃厚なんですが、他はどうでしょう、統一のムードはないですか?
河口 乱世のままでしょうね。兆しはあるかもしれないけれども。
山田 僕はね、谷川と高橋を中心に回ると思いますね。
石堂 これからしばらくは、ということですね。
山田 去年の実績から見てもタイトル戦で2回顔を合わせてますし、それと、南がどう絡んでくるか。最近の感じからいって半歩リードしてますからね。あと塚田がどうかね。
河口 中原は花粉症のおさまる4月から夏場が強いんだよね。だから名人戦は鬼のように強い。比べて秋口からどうも、ということで王座戦がああいう結果になっちゃった。谷川にしても年頭から3月までは滅茶強いけれど、それ以降がね。年間安定した実力が発揮できないとなかなか4つ5つのタイトルを取るのは難しいね。ただ、子供達にはないね、この波が。羽生や森内が負け、といっても2、3番だけれど、負けた時機があって、どうしてかと調べたら、試験勉強中だったんだね(笑)。あの子らは試験が敵なのかなと。
石堂 高校生がねえ、考えると嫌になるなあ。
河口 加藤さんや中原さんの若い頃もA級には通じてた。ところが升田、大山となるとはっきり力が違ってたんですよ、ところが、今の羽生や森内は時代のトップを負かしている。その辺が凄いんですよ。
司会 上が手を抜いているとかじゃないんですね?
河口 そんな事はない。事情をよく知らない人が見るテレビで負けてるんだから。
山田 勝負という点で、昔は経験で覚えなければいけなかったのが、勉強で事が足りるようになっちゃったんですかね。
河口 ただ、その勉強法が進歩したんですね、きっと。いい棋譜を見れるというのは昔も今も同じ条件だから、何かコンピュータに優秀なんソフトが加わったんだね。最初の方でも言ったけれど、それが何か、はよく判らない。
司会 環境も影響あるんでしょうか。
山田 当然あるでしょう。それは連盟と棋士の努力が大きいね。つまり、社会というか世間が見る将棋に対する目が昔と今では隔世の感がありますもの。だから今の若者には将棋に対する後ろめたさが全然ない。
石堂 僕なんかはね、初めて観戦記を書いた頃は田舎のばあ様に言われましたよ、「やめろ、あの人達を怒らせるとえらいことになる。あの人達は乞食よりタチが悪い」(笑)、なんてね。
山田 今はイメージがいいんですよ、これはベテランの棋士の功績ですね。
河口 芹沢、米長の両スポークスマンの功績だね。
石堂 そうね。
山田 内藤とか大山、中原両名人のね。
司会 芹沢先生の場合は明るいイメージを茶の間に運んでくれましたしね。
(中略)
山田 ここまであまり個々の名前が出てこなかったですね。
石堂 いや、それは新人類の前にかすんじゃったんでしょう。森なんか個人的には大好きなんだけれどこういう話になると出てこないもの。
河口 寅も青野もね、真部も出てこない。
山田 福崎も出る場所がない(笑)
石堂 中原も名人じゃなきゃ話題にならなかったろうしね。
河口 米長なんか去年は負け越しでしょ、あの男が負け越しなんてあるのかね!
司会 どうですかこの辺で、5年後にはA級に誰がいるか、というのを新春らしく話題にしていただけませんか。
石堂 おもしろそうだね。
河口 だけど今までの5~6年は変わらなかったねえ。これは制度のせいだね。
山田 制度というかむしろ既得権優先みたいな感じでしょ。といっても弱ければ落ちるんだけれどもね。
司会 してみると5年後もあまり変わりませんか。
山田 10代はどうかな、羽生がきてるかどうか。
河口 5年後に大山は幾つになるの、69歳か、さすがにいないだろうねえ。いたらそれこそ怪物だ。
山田 だいたい米長だって危ない気がしているものね。それで一応選んでみたんだけれども、中原、谷川、桐山、南、青野、高橋、中村、田中寅、塚田まではいて、米長、森のどちらかというところまでは私の予想の顔ぶれね。
河口 いい線を突いてきますねえ。
山田 それでB1に今の10代の何人かがきている。Aまではちょっと苦しいかなという感じで、順位戦はつぶし合いがありますからね。力はあっても昇ってこれないと思うんですよ。
河口 僕はガラリと変わる様な気もしているんですよ。
山田 泉、森下というところがよく判らないんですね。
河口 彼らは若手といっても古いタイプの棋士でしてね、力が判るからAはどうかな、B1かB2と思うけれども、さっきのメンバーの中で中村っていうのがよく判らないんだよなあ。弱くはないんだけれども、かと言って滅法強い感じもしないし。名前は出てなかったけれども加藤さんはどうしてるかな、あの将棋は特別だからきっといるな。いますね。
石堂 Bに落ちた事あるでしょ。
司会 すぐ翌年には昇ってますね。
河口 Bの将棋じゃないですよ。
山田 どうも5年後のA級というのもちょっと差し障りがありそうな気がするな。
河口 いや、そんな事ないですよ。こういう事はちゃんと書いて記録しといた方がいいですよ。
石堂 意見が割れたら多数決にすればいいでしょ、合議制ということで。
河口 僕は5人は確実なんだけれどもなあ。
司会 その5人というのは。
河口 谷川、高橋、南、加藤、塚田。
山田 中原はいるでしょう。加藤はやっぱりいますか。加藤以外は同一意見だな。
石堂 僕もそれに対してはちょっとね。
山田 寅チャンがいるような気がするんですがね。
河口 入れたいね。
石堂 あれだけのファイターには、いてほしいという願望がありますね。
河口 福崎ってのは問題だね。十段戦のだらしなさって言ったらなかったんだけれどもね。
山田 そのだらしなさが、ある時ひょこっとね。
河口 十段戦じゃモグラが地上に出たみたいで(笑)。
山田 それが飛ぶかもしれないんだよね。意外性がある棋士だから。それと桐山ね。あの強さというか、安定感は買いたいな。年をとっても急に衰えるという感じがしないし。
石堂 僕は谷川、高橋以外の新人類はかなり不安定要素があり過ぎるんでどうも。塚田辺りもね。
山田 青野はこのところ安定してきていると思うんだけれども。どうかな。
石堂 僕はあの人は角換わりの将棋で基礎を作った人で、少ない駒で動く将棋が多いと思うんですよ。
河口 模様を張った将棋というのがね、その点じゃ高橋の方がスケールは大きい感じがするね。同じ意味でも塚田にもそんな心配があるんだけれど、彼は終盤の頑張りというか執念があるからね。
山田 桐山というのはいいでしょう?
河口 森雞の方を買うなあ。
山田 加藤ねえ、体力あるからいるかな。
石堂 糖尿病になってるかもしれないですよ(笑)。
河口 あそこは奥さんがしっかりしているからだいじょうぶです(笑)。
山田 米長はどうなんです?米長は。
河口 僕は入れないでいいと思うね。どうもこの負けっぷりは、奮起を促す意味でね。あえて外す。
山田 羽生はどうですか。
河口 きてるかもしれない。今期はC1へ昇るでしょうし、C1は1年で抜けて行く。これは私が言うんだから間違いない(笑)。問題はB2からだね。
山田 つぶし合いがありますからね。ただ羽生を入れなくちゃおもしろくない。やっぱり入れよう。
河口 C1にはいそうにないね。B2も前述した3人以外はどうもね。やはりこのクラスで3人が今の成績を見ても抜けてるね。島なんかは順位戦タイプで個人的には買うけれどもね。
司会 この辺で絞って貰いましょうか。
石堂 僕はこれで決定するのは難し過ぎるから名前だけ取りあえず挙げると、谷川、高橋、塚田、中原、田中寅、南、桐山、加藤、森、羽生、米長ときていて、羽生を挙げるのは僕のセオリーに反するんだけれどもね。
河口 これで3人が一致したのは誰と誰なのかな。
司会 谷川、高橋、南、中原、田中寅、羽生、塚田の7人ですね。
山田 米長をはずすと目むいて怒るかな(笑)。
河口 7人まで決定で後は2対1ということで行きますか。
山田 桐山ははずしたくないなあ。
河口 同様に加藤もね。
石堂 森のガッツある将棋も魅力でしょう。
山田 その3人を入れましょうよ。それで10人。残る候補としては青野、中村、福崎、島、といったところかな。
石堂 決める問題でもないしね。
河口 ベスト10で残る4人は一議席の候補ということね。両巨頭はいないから恨みっこなしだね(笑)。
司会 それでは名人は、というと。
河口 名人は谷川。
山田 か、高橋だね。
石堂 うーん。
司会 石堂さんは考えておられますか。
石堂 いや僕はね、南かもしれないと思って。3人の中では徹底的にしゃべらないので腹が立つ。しかし、何とも独特の凄味を感じるんです。
河口 3人のうちに誰かということですね。中原の名前が出てこなかったのは淋しいけれど、仕方がないですかね。
司会 どうも長時間にわたりありがとうございました。5年後を楽しみに、ということで終わりたいと思います。
(名人候補)
谷川浩司
南芳一
高橋道雄(A級候補)
中原誠
桐山清澄
森雞二
加藤一二三
田中寅彦
塚田泰明
羽生善治(ボーダーライン)
青野照市
福崎文吾
中村修
島朗
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1988年初頭の5年後にA級に誰がいるか。
5年後にあたる1992年度と1993年度のA級在籍棋士は次の通り。(青字は座談会で挙げられていた棋士)
1992年度
中原誠名人
高橋道雄九段
谷川浩司棋聖
南芳一九段
大山康晴十五世名人
有吉道夫九段
小林健二八段
米長邦雄九段
塚田泰明八段
田中寅彦八段
田丸昇八段
1993年度
米長邦雄名人
中原誠前名人
高橋道雄九段
南芳一九段
谷川浩司王将
小林健二八段
田中寅彦八段
有吉道夫九段
塚田泰明八段
羽生善治四冠
加藤一二三九段
予想はかなり当たっている。
大山康晴十五世名人は1992年度にA級在籍のまま亡くなっているが、誰も69歳になってもA級とは予想していなかった。
「いたらそれこそ怪物だ」が、現実のものとなったわけだ。
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A級になる直前で羽生善治四冠。やはり、圧倒的に凄い。
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「羽生や森内が負け、といっても2、3番だけれど、負けた時期があって、どうしてかと調べたら、試験勉強中だったんだね(笑)。あの子らは試験が敵なのかなと」
将棋は自分との戦いであることを実感させられる。
中原誠十六世名人をはじめとして、高校や大学を卒業すると、その間に溜めていたエネルギーを放出するかのように、在学中よりももっと勝ち星を重ねるケースが多い。
藤井聡太七段も、そのような展開になると予想される。