羽生善治名人の初著作「ミラクル終盤術」より、18歳の羽生五段の感じ方と日常。
[第8章]攻防の一手
最近の対局ラッシュがひとまず終わりましたが、やたら疲れました。
人間は健康が一番なので気をつけなければいけないのですが、僕は特に何もしていません。
そういえば、将棋年鑑のアンケートに”あなたの健康法は?”という質問がありますが、あの質問にはいつも返答に困ります。
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私は、大酒飲みでヘビースモーカー。
辛い食べ物が大好きで、甘い物も大好き。
野菜は、あまり食べない。
しかし、健康診断の結果は良好だ。身長・体重は、山崎隆之七段と同じ。
人からは「ウソだろう!?」と言われるが、本当なのだ。
「あなたの健康法は?」と聞かれたら、どう答えるか。
何もやっていない。
強いて回答するとすれば、次のようになるのだろう
- 健康になるとかならないとか全く意識しない
- 食べたいものを食べる
(ただし、これは私のやっていることなので、参考にはなさらないようにして下さい)
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水やお茶など、甘くない飲み物は買いたいとは思わない。昔は甘くない飲み物などは売られていなかった。
低カロリーのようなものも飲みたいとは思わない。
個人的に、カロリーを無理矢理抜き去ったものよりも、カロリーがあるほうが絶対に美味しいと思うからだ。
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1997年、アメリカのモントレーという町に出張したことがある。
TED(Technology Entertainment Designの略)という4日間に渡って行われるカンファレンスに参加するためだった。(見学と言ったほうが正確かもしれない…)
この頃のアメリカは、健康志向とダイエット志向が強烈になり始めていた時だった。
既に禁煙の雰囲気が濃厚で、タバコを吸える場所が非常に少なかった。
また、牛乳を買おうと思ってスーパーに入ると、置いてあるのは無脂肪牛乳か低脂肪牛乳ばかり。
ビタミンD入りのようなものをはじめとして、無脂肪・低脂肪のオンパレードだった。
山口瞳さんは、「酒を水で割って飲むほど貧乏しちゃいねえや」と、水割りウイスキーではなくロックばかり飲んでいたというが、私にしてみればアメリカの牛乳に対して同じような思いだった。
そこまでしてダイエットしたいのか。
結局、タバコを我慢するための禁煙ガムだけを買って店を出た。
TEDに参加している人達は、そのようなアメリカの中でも健康とダイエットには特に注意をはらっている層が多いと聞いていた。
実際にそうなのだろう。喫煙所でタバコを吸う人は少なかった。コーラを飲む人はなく、皆ミネラルウォーターだった。
しかし、数回あった立食形式ランチの様子を見て私はホッとした。
デザートとしてなのか、ほとんどの人が見た目だけでもかなり甘ったるそうなアップルパイ(日本のアップルパイを倍の大きさにして、周囲をリンゴジャムで何層にも覆っているようなパイ)をバクバクと食べているのである。
甘い物好きな私が見ても弁護のしようがないほど、体に良くなさそうなアップルパイだったのだ。
「頭隠して尻隠さず」
遠くカリフォルニアの地で、このような言葉を思い浮かべた。
それとともに、アメリカ人を更に少し好きになったような感じがした。