羽生善治竜王(当時)の運転免許

将棋マガジン1991年12月号、羽生善治竜王(当時)の「羽生善治の懸賞次の一手」より。

 今年の8月に車の免許を取得しました。免許を取ろうと思ったのは昨年だったのですが、忙しさもあり行きそびれていたのです。

 4月から教習所に通い出して、約4ヵ月もかかりました。普通はもっと早いのでしょうけど。

 教習の中で一番印象に残っているのは技能教習。それも初めて路上に出た時です。右折する時にぶつかりそうになったり、急に飛び出してきた人がいて、教官に急ブレーキを踏まれたりもしました。

 今のところ車を買う予定はありませんが、その内にと思っています。

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将棋マガジン1990年3月号、神吉宏充五段(当時)の「へえへえ 何でも書きまっせ!!」より。

 棋士室に「わーい、神吉さんだあ」と叫びながら長沼四段が入って来た。

「おおっ、長沼君、将棋世界で読んだんやけど免許取りに行ったんやて?」

「ええ、十二月十九日にやっと取れました」と感慨深げに頷きながら。

 聞けば教習所に通いだしてから5ヵ月と4日もかかったそうで、口の悪い仲間からは並の運動神経ではないと絶賛しきり。

 しかし免許を持った強みか、フンと鼻息で「もうだいぶ走りました」ここまでは良かった。「百キロぐらい走ったんですよ」(一同ズッコケ)。

 マッチ(浦野六段)「へえー、百キロか。神吉さんぐらいスピードが出るんやなあ」

「スピードと違いますよ、距離ですよ。スピードやったら神吉さんより出ますよ」

「アホか!」関西の棋士が二人以上集まるとほとんどこんな会話になる。ネ、オモロイでっしゃろ。さらに長沼免許騒動は続く。

 しかし5ヵ月と4日もかかったのなら教習所でも結構費用がかかったのだろうと思って「なんぼぐらいかかったん」と私が訊ねた。

 長沼は笑いながら「なんぼかかったんか、もう全然覚えてないんですよ」 そう答えた瞬間マッチはもとより隣で棋譜を見ていた森(信)五段も長沼君の方に目を向けて「君が数えんわけないやん」。関西の棋士に長沼流のボケは通用しない。観念したのか、暫くして「ええー、消費税込みですかあ・・・」

一同「そうや!」

「あんまり覚えてないけど、二十八万九千五百七十三円です。ひどおーい」

 さすがである。「駒取り坊主」と呼ばれる長沼将棋。このキメ細やかな損得勘定が、彼の将棋を支えている。

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羽生竜王(当時)が1991年の関西将棋会館棋士室に入っていって、長沼四段(当時)と同じような会話になっていたら面白かったと思う。そうはならなかっただろうが。

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高校時代、私はバス通学だった。

途中に教習所があった。

そこで降りていく人達は、どういうわけか髪をリーゼントにした怖そうなお兄さんが多かった。

当時、リーゼントといえば不良っぽい若者のファッションだった。

暴走族もリーゼント。

超真面目な高校生だった私は、「教習所に行くと、怖い人たちがたくさんいる」という印象を持ってしまった。

そのようなトラウマがあったためか、大学へ行っても運転免許を取ろうという気持ちは起きてこなかった。

酒を飲むようになったのも運転免許を取る気持ちを減退させるきっかけだった。

自分で免許を持ったら絶対に酒を飲んでも運転をしてしまうと感じたのだ。

そういうわけで、私はいまだに運転免許を持っていない。