森内俊之五段(当時)「ヨーロッパぼけの奴には負けたくない」

将棋世界1991年6月号、先崎学五段(当時)の「公式棋戦の動き」より。

天王戦

 五段戦、七段戦、九段戦に好取組が揃っているが、なんといっても最大の好取組は、五段戦の佐藤康-森内戦だろう。二人は、知る人ぞ知る奨励会時代からのライバルで、佐藤が先に四段になったとき、森内は一人男泣きをしたという逸話がある。

 対抗意識をあらわに出す森内。内面に秘めてじっと唇をかむ佐藤。両者の性格は違えど、底に流れるものに変わりはない。

 この春、佐藤はヨーロッパ旅行。森内はテニスに野球に麻雀に青春を謳歌したどうだが、心の中はこの一番に懸ける気持ちで一杯だったろう。

 まず森内が宣戦布告をした。

 「ヨーロッパぼけの奴には負けたくない。クラスも追いついたことだし、今までの借りを返してやる」

 これに答えて佐藤

 「彼の手のうちはすべて分かっています。対戦成績を見てください。それがすべてです。負けません」

 と力強い応酬があった。ちなみに両者の対戦4勝2敗で佐藤が勝ち越している。

 今期は順位戦で顔が合うかもしれないが、その日が待ち遠しくて仕方がない。こんなおもしろいものはない。将来、二人でタイトル戦を戦う日がこないかなあ・・・。

—–

この勝負、佐藤康光五段(当時)のヨーロッパぼけが完全に抜けきった3ヵ月後に行われ、森内俊之五段(当時)が勝っている。

佐藤康光五段と森内俊之五段の二人の関係については、この1年前にも先崎学四段(当時)が書いている。

ライバル物語

—–

対局前のこのような応酬、アメリカのプロレスのようで面白い。

戦後の木村義雄-升田幸三戦でも、このような対局前の応酬があった。

東公平さんの「升田幸三物語」より。

「大山君には悪いが、今度はあんたに勝ってもらいたかったんだよ。気迫が分かっていたからね、あんたが勝つと思っていたが」

「大山みたいな女房の味じゃ飽きたんで、たまにはキャンキャン芸妓の味もなめたいところですか(笑い)。ともかく、枯淡の味が出てきた名人に挑戦できるのは嬉しいですよ」

「あんたはそう言うが、枯淡の味が出てきたら(勝負師は)おしまいじゃないか」

「ゴマ塩頭に、いつまでも名人になっておられては困るというのが私の本心です」

「ゴマ塩頭でも負けたくないからな。まあ、風邪を早く治しなさい」

故・山田道美八段(当時)の「大山の田舎将棋に負けるわけはない」は、過激さにおいてトリプルAクラスとなってしまうが、木村-升田戦、佐藤-森内戦のようなソフトな火花が散る応酬は、これからも機会があればやってほしいものだ。