宝石2003年5月号、湯川恵子さんの「将棋・ワンダーランド」より。
朝からの雨がドシャ降りになり、夜が更けるにつれてますます激しくなった。3月1日。A級順位戦の最終日だ。
東京将棋会館2階の大盤解説会は、午後6時から終局まで。前売り200席は完売し当日分50も例年のような行列ができる前、午後2時に売り切れた。
そのころ4階の控え室のほうはまだ閑散としていた。どの勝負もきっと深夜まで続く、将棋界の”一番長い日”だから。
6勝2敗のトップが佐藤康光。5勝3敗3人(谷川、羽生、藤井)。4勝4敗2人(青野、三浦)。3勝5敗3人(丸山、島、郷田)。2勝6敗1人(森下)。
同星の場合、降級のほうは順位で決まる。最終戦の組み合わせは次の通り(数字が順位)。①丸山vs ⑤森下。
②佐藤vs ⑩郷田。
③谷川vs ⑥藤井。
④羽生vs ⑦青野。
⑧三浦vs ⑨島。降級者が誰か、名人挑戦者は誰か。5組が絡み合い関係ない対局が一つもない。佐藤・郷田戦で佐藤勝ちの場合は両方決まるが、郷田勝ちの場合は前名人の丸山にも降級の恐れがある。 夜、4階の控え室は続々と棋士が集まった。今年は女流棋士も大勢きている。石橋幸緒四段は早くから来てあちこちの検討盤に張り付いていた。
2階の立ち見客ではみだした人が、味なことを言う。
「今夜はやまないよ、決着がつくまで、降り続けるさ」
そこへ石橋ママが参加。
「こんな雨っぷりにあの娘、どうしても来たいって言うのよ。まぁ駒触ってるんならオトコ触ってるよりいいわ」
羽生・青野戦(羽生優勢)の他は解説者もなかなか形勢判断つかない。この日の勝負を途中で自信もって判断できる人は、森内名人だけ!? フランスのチェス会場からかけつけてゲスト出演しファンに大喜びされた。
泣いている人もいたとは帰宅してから知った。10時ごろ将棋会館を出て家でインターネットの掲示板”2ちゃんねる”を見物したのだが、なんと解説会場で携帯電話を使ってアクセスしているグループがあり1手ごとに、いや1分間に何本もの書き込みが延々と続いたのだ。泣いたのは、郷田ファンたち……。
羽生、島、丸山、藤井の順に勝ち最後が2日午前1時2分、佐藤・郷田戦の投了図だ。
挑戦権は3者プレーオフ(羽生、藤井、佐藤)。郷田九段は勝って降級。4勝あげて降級も稀だ。当人がいつそれを知るかとファンは泣いたのである。
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最終局に勝って4勝5敗、それでも降級となった郷田真隆九段。
当時の記録からこの日を追って行きたい。
この年のA級順位戦最終局は3月1日(土)に行われた。
昼食休憩までに、羽生-青野戦は9手、佐藤-郷田戦は15手しか進まないという最終局らしい展開。
土曜日だったからか、18:00から行われた大盤解説会には400人のファンが駆けつけた。
石橋幸緒女流三段(当時)のお母様の個性も光る。
NHK衛星放送の解説は先崎学八段、聞き手は矢内理絵子女流三段(当時)。
将棋世界2003年5月号、日浦市郎七段(当時)の第61期A級順位戦最終局 挑決は羽生VS佐藤に」より。
衛星放送解説の先崎八段が来て一番遅くなるのは佐藤-郷田戦だろう、と予想する。ところで先崎は最近メガネをかけるのをやめてしまった。よっぽどキャイーンの小さい方に似てると言われるのがイヤだったのだろうか(また余計なことを書いてしまった)。
(以下略)
22:50 青野九段が投了。この時点で羽生竜王は佐藤棋聖が敗れればプレーオフへ進出できることに。
0:39 三浦八段が投了。島八段の残留が確定。
0:40 森下八段が投了。森下八段の陥落が決定。と、同時に対戦相手である丸山九段の残留、三浦八段の残留、郷田九段の降級が確定。
0:47 谷川王位が投了。勝った藤井九段は佐藤棋聖が敗れればプレーオフへ進出できることに。
1:02 佐藤棋聖が投了。
森下-丸山戦は、20:00過ぎから丸山九段が優勢で、最後は大差になってしまった。
三浦-島戦は、やや島八段が優勢と見られていたが、三浦八段が決め手を与えず、逆転模様になっていた。三浦八段が勝って郷田九段が勝てば郷田九段の残留が決まる。郷田九段は優勢な局面が続いている。しかし、終盤に三浦八段に疑問手が出てしまう。
郷田ファンの方々は、森下-丸山戦と佐藤-郷田戦は織り込み済み、三浦-島戦の趨勢をハラハラしながら見ていたのではないだろうか。
泣いてくれるファンがいる、本当に素晴らしいことだと思う。
郷田九段と森下八段は、翌々年、揃ってA級に復帰することになる。