昨日の記事に登場した”水割りおじさん”こと、元毎日新聞編集委員の故・加古明光さんに今日はスポットを当ててみたい。
加古さんは約30年間、学芸部で将棋と音楽を担当し、名人戦や王将戦の観戦記者、日本レコード大賞審査員も務めた。
そういうわけで、加古さんは芸能界にも非常にも造詣が深い。
棋士の呼び方も、芸能界風に◯◯ちゃん、という場合が多い。
そのような加古さんの生の言葉が嬉しい座談会。
近代将棋1991年10月号、「順位戦、昇級者を占う ―順位戦大展望」より。
名人戦主催社の担当記者、加古、山村ご両氏に現場の声を聞く。
毎日新聞学芸部 加古明光
毎日新聞学芸部 山村英樹
本誌 永井英明
〔A級〕
「まず、A級の予想から」
「大本命、谷川君。それで決まりじゃないですか(笑)」
「米長さんも、いいでしょう」
「米長さんの今までの勝ちっぷりをみてみますと、泰明ちゃんの場合は敵の得意戦法を逆手にとって勝ったんだけれども」
「快心の将棋じゃあないですか」
「まあ、そうなんだろうけど、安定感からいうと、谷川じゃないかな。ひと目・・・これで今年は終わり・・・」
「谷川さんはこれからタイトル戦がつづきますよね。王位戦、王座戦、竜王戦と、去年は順位戦終わった次の日に対局場へいったりしていました。ちょうど、その頃に米長、内藤と指すわけですよ」
「うーん」
「その辺が、不安材料じゃないかと思うんです」
「それもそうだね。まあ、有望なのはいま全勝している米長さん、谷川ちゃん、高道ちゃんか。
「石田さんもいますよ」
「こんどが、米長-石田戦ですよ」
「ふつうは米長ノリだね」
「4回戦の米長-谷川というのが大変だ」
「大一番ですね」
「高橋さんはどうですか」
「高橋君ね、ずいぶん安定感は増してきたけど。前回はどうだったんだっけ」
「2位から6位になったんです」
「目立たないなあ、高道ちゃんは」
「A級は谷川ちゃんでおしまい」
「石田さんもBから上がってきて、これだけ快調というのは、ふっ切れたものがあるんじゃないですか」
(中略)
「Aクラスはどうですか。お一人ずつ、最近の調子とか・・・」
「そうね、米長さんからいきますか」
「不思議な人だね、この人は。名人戦になるとダメになって、順位戦は強くなってくるんだね」
「しかし、強いね」
「泰明ちゃんのときも内藤さんとの将棋も、勝ちにいくという指し方をして、そのまま押し切っちゃうんだから、強いんだろうね。本当に奇妙な人だ」
「ただ、米さんも48ですか」
「そうですね。木村名人が引退した頃ですものね」
「その体力的なものが、これからの中堅の石田、谷川、高橋を乗り切れれば、またもや、挑戦者だね」
「それでは谷川さん」
「これは大本命だと思うね」
「有吉、塚田戦にしても、ぶっちぎりの勝ち方ですからね」
「米さんの場合は肉を切らせて骨を断つという感じだけれど」
「まあ、そういう勝ち方も読み切っているという見かたもありますけど」
「そろそろ、名人・竜王をねらっているでしょうし・・・」
「しかも谷川ちゃんは今度、永世名人もかかってるし・・・」
「泰明ちゃんの3連敗は意外でしたね」
「相手が相手ですからね」
「とくに谷川ちゃんとは大の苦手だから」
「しかし、若手のなかでは塚田さんは一番安定していると思いますよ」
「Aクラスでは一番若手ですから」
「相手がわるかったんだけど、この辺に勝てないと、挑戦者になれない」
「南ちゃんは有吉九段に負けてるねえ」
「タイトル二つになって、気分のいいところですけど」
「パッとしないけど、第4位にいるんだから、お地蔵さんはすごいね」
「終わりのほうで谷川さんと当たりますけど、谷川さんにとっては一番いやな相手でしょうね」
(中略)
「Aクラス、結んでください」
「本命は谷川、対抗は佐瀬一門。泰明ちゃんが2敗だけど、頑張ってくるんじゃないかな。ここは挑戦者が7勝2敗だと思うから。しかし、7連勝はきついかな」
〔B級1組〕
「B級1組はどうですか」
「寅ちゃんが大本命でしょうね」
「前回が最後、6連勝で今回3連勝。9連勝ですからね」
「勢いがありますな」
「年齢からいっても、若いほうから4番目か・・・」
「上から順ぐりにみていくと、A級から陥落組の青野ちゃん、真部ちゃんが不振だね」
「真部ちゃんは体調がね。だから将棋そのものに勢いがないでしょ」
「出だしが、青野ちゃんと真部ちゃんは不満でしょうね。去年A級にいたお兄ちゃんがこんなことでは困りますね」
(中略)
「森、森安も実力者、もう少し星がすすまないと、何ともいえないね」
「島ちゃんですよ。注目株は・・・。しかし順位がなにしろ、最後っぺだから」
「ここは名人戦に登場した人が、大内、加藤、桐山、森、森安といるんですと。しかし、年齢的なこともあって、やはり大本命は寅ちゃんだな」
〔B級2組〕
「順位戦は不思議なんだね。羽生ちゃん、森下ちゃんが黒星スタートだもの」
「森下さんは2敗か。これはもう無理だね」
「ここは羽生君でしょ」
「こんどは8-2で上がっちゃうでしょうからね」
「6位ぐらいまでは誰でも可能性はありますね」
「順位がモノを言いますから」
「勝浦さんがこんなところにいるのか。おかしいんだよな」
「羽生さんはおかしなところで負けることがありますからね。自分で転んじゃうんでしょうかね」
「まあ、8-2で上がるでしょう」
「このクラスは充実してるね」
「よく各クラスで5人ずつ選手を出すと、どこが強いかなんて言いますよね」
「B2あたりが強いんじゃないの。羽生、森下、中村、、脇とかね」
(以下略)
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それぞれ誰の言葉かは書かれていないが、”◯◯ちゃん”と言っているのは間違いなく加古さん。
泰明ちゃん、谷川ちゃん、高道ちゃん、南ちゃん、寅ちゃん、青野ちゃん、真部ちゃん、島ちゃん、羽生ちゃん、森下ちゃん。
不思議な味わいだが、何か楽しい。
加古さんならではの芸風だ。
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この座談会は8月の時点での予想なので、2~3局終わった段階。
昇級予想と結果がどうだったか検証してみたい。(タイトル・段位は当時)
A級
(予想) 本命は谷川、対抗は佐瀬一門
(結果) 谷川竜王、南九段、高橋九段、大山十五世名人によるプレーオフ→高橋道雄九段が挑戦者に。
B級1組
(予想) 田中寅彦八段
(結果) 田中寅彦八段、田丸昇八段
B級2組
(予想) 8勝2敗で羽生善治棋王
(結果) 羽生善治棋王、8勝2敗、富岡英作六段 8勝2敗
C級1組
(予想) 屋敷伸之六段、村山聖六段、井上慶太六段、森内俊之五段
(結果) 村山聖六段、森内俊之五段 全勝
C級2組
(予想) 有森浩三六段
(結果) 有森浩三六段、石川陽生五段、丸山忠久五段
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まだ2~3局しか終わっていないタイミングなのに、ものすごい的中率だ。
選挙の出口調査を思わせるほどの的確さ。
選挙の出口調査は数理統計学に裏打ちされている世界だが、順位戦予想はそうではない。
本当にすごいことだと思う。