将棋世界1995年5月号、神吉宏充五段(当時)の「今月の眼 関西」より。
ところで運命の一局へと導いた王将戦第6局の大逆転、私は関西将棋会館で順位戦を戦いながら、その第6局の帰趨が気になって、対局室と検討している棋士室を行ったり来たり。当初、谷川王将の攻めが見事に決まり「これは谷川防衛やな」なんて話していた。そこに登場したのが村山聖。「いや、局面で判断してはいけません。何せハブ先生ですから」と言う。
「ん、そんなことあるかいな。なんぼハブっちゅうてもこの将棋だけは勝てんで。なあ平藤君」
「そうやなあ…こうやってもこうか。これはアカンでしょうね」
どうやとばかりに村山を見ると、首をかしげて何か言いたそう。
「なんや、そこまで自信があるんやったら賭けようか一万円?」
こう言えば引くと思っていたが村山、間髪入れず「ええ、いいですよ」。
それを聞いた平藤「ホンマぁ!それやったら僕も谷川先生に賭けるわ。乗ってもええのん村山先生?」「ハイどうぞ」
…結果はもう言うまい。私は逆転模様になったところで村山の「今なら二千円で手打ちましょう」なる甘い一言にダウン。平藤は「まだわからん、ボクは降りへんで」と勝負師の意地を見せたが爆発四散した。おそるべし村山の読み!
(以下略)
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この時の王将戦第6局〔谷川浩司王将-羽生善治六冠〕は、決して羽生マジックが炸裂したわけではなく、谷川浩司王将(当時)が終盤で決め手を複数回逃してしまった将棋だった。
それまでも谷川王将の攻めが快調だったが、1図の▲6五歩で控え室の熱が冷めていったという。
△7三角は▲4五桂が絶好なので、仕方のない△8六角。
以下、数手進んで2図。
ここでは▲3四歩△同金▲1三角成△2二銀▲同馬△同金▲4三銀で明快な勝ちがあったが、本譜は▲4五桂△2四香(3図)。
▲4五桂も控え室でも決め手と言われていた一手。
ここから▲5三角成△同飛▲同桂成△2六香▲1三角成△2二銀▲1二馬と詰めろをかければ先手勝ち。
本譜は▲5三桂成△2六香▲5二成桂△3八飛▲6八銀△2二玉で一遍に難解な局面に。
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村山聖七段(当時)が「いや、局面で判断してはいけません。何せ羽生先生ですから」と言ったのは、少なくとも2図よりも前の局面だと思う。
先手が複数回間違わなければ先手が負けない場面での強気の賭け。
村山流の理外の理とでも言うべきことなのだろう。