渡辺明五段(当時)「羽生さんにビールをついできたいのですが……」

将棋世界2004年2月号、日本経済新聞記者の神谷浩司さんの「棋士たちの真情 天才の系譜を継ぐ者―渡辺明五段」より。

 フルセットにもつれ込んだ王座戦五番勝負。羽生善治王座との死闘が終わって1週間後の10月下旬、渡辺はある恩人の仏前に座っていた。その日の名は、小室明氏。「週刊将棋」で2001年1月から「渡辺明物語―21世紀の天才伝説」を連載していたライターだ。連載は前年、四段に昇段したばかりの渡辺を取り上げる意欲的な企画だったが、氏の病気のため、わずか10回で中断。同年4月、小室氏は45歳で亡くなっている。

 生前、小室氏は「渡辺君と羽生さんのタイトル戦が早く見たい」とよく言っていたという。渡辺は誰に言われたわけでもなく、自分から電話をかけ、王座戦の結果報告で神奈川県大和市にある氏の実家を訪ねた。

 渡辺は、1時間ほど、小室氏のご両親とも話をした。その日、インターネットで公開している「日記」には「次は良い報告がしたいと思います」と決意を明らかにしている。

 対局中の態度や感想戦での言動から、渡辺は「ふてぶてしい」とか「生意気」だとか言われることが多い。話しぶりや受け答えも、よく言えば堂々としているが、悪く言うと、つっけんどんだ。だが、その実は、19歳とは思えないほど律儀な面を持っている。

 エピソードをもう一つ、紹介しよう。

 王座戦の最終局、初タイトルをすんでのところで逃した直後の打ち上げの席で、渡辺が筆者に尋ねてきた。

「羽生さんにビールをついできたいのですが……」

 渡辺がビールを注ぎにいくと、羽生は笑顔でこたえたという。

 将棋盤を挟めば、相手が誰であろうが容赦はしない。盤上の将棋に没頭し、終局後も熱くなって無礼に見られるかもしれないが、盤を離れれば先輩や年長者を立てる気配りを見せる。

 渡辺はすでに老成した雰囲気を醸し出しているが、「日常生活でものんびりしていたい」と若者らしからぬことを口にする。夜遊びはほとんどしないし、マージャンやカラオケも「うるさいのは嫌いなので」と敬遠。「日常で刺激は求めませんね。対局すると疲れるので、普段は極力疲れないようにしています」

「もう若くはないんで」と言ったり、小学生のころを「昔」と表現したりして、年長者を驚かせることもある。将棋まつりの出演日前日に下見に行き、HP上の「日記」には、「人生送りバント主義なので」と書いた。「心配性なだけなのかもしれませんが、日常生活ではマイナス志向の面が強いですね」

 半面、将棋については強気のプラス志向だ。感想戦で格上の対戦相手や検討陣が「この局面では不利だったでしょう」と言っても、「いいとおもっていました」と平然と言ってのける。控え室での検討では、先輩棋士の将棋であっても辛口批評を展開し、歯に衣着せぬ発言を連発。仲の良い村山慈明四段、戸辺誠三段とともに、「連盟控え室の辛口三羽ガラス」と呼ばれている。

(以下略)

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故・小室明さんの実家を訪ねる渡辺明五段(当時)。

神谷浩司さんが書いている”インターネットで公開している「日記」”とは、「渡辺明ブログ」の前身の「若手棋士の日記」のこと。

残念ながら、今では「若手棋士の日記」を読むことはできないが(「日記」の機能を提供していた会社がサービス終了してしまった)、2005年以降、渡辺明竜王二冠が小室明さんの実家を訪ねた時のことは「渡辺明ブログ」で読むことができる。2006年の時は後藤元気さんも一緒だ。

一年振りの訪問。(渡辺明ブログ 2006/1/17)

小室さんに報告。(渡辺明ブログ 2005/3/6)

このようなことは、なかなかできることではない。

渡辺明二冠は非常に魅力溢れるキャラクターで、なおかつ、直接会った時に強く感じることは、人を逸らさない雰囲気を持っているということ。

今日の神谷浩司さんの記事で書かれているようなことが、そのようなことの源泉になっているのかもしれない。

羽生善治王座にビールを注ぎにいった話も、とてもいい話。

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渡辺明二冠の新刊「渡辺明の思考」はとても面白かったです。

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