将棋世界2004年2月号、河口俊彦七段の「新・対局日誌」より。
8時ごろ、終わりそうですよ、と教えられ、5階の対局室に行くと、二局ほぼ同時に終わっていた。渡辺五段と窪田五段が快勝。粘りが身上の北島六段がこんなに早く投げるとは、何があったのだろうか。
感想戦を見ていると、得にポカがあったわけでなく、筋にハマって粘れない形だったらしい。
その中盤は11図。これは矢倉の基本定跡から生じたもので、王座戦第5局がこの型だった。渡辺五段には経験十分の戦型というわけだ。局面は△3三金寄と、▲3五桂に備えたところで、次の一手が矢倉ならではの手筋。
11図以下の指し手
▲4一銀△5八銀▲1五香△同香▲3四歩△同金▲7四歩△8六歩▲7三歩成△8七歩成▲同金△8六歩(12図)駒をはがす▲4一銀が常用の手段。しかし振り飛車党の読者には指しにくいだろう。次に△3一金と引かれるとすぐ死んでしまうから。念のため聞いてみると、▲4一銀に△3一金は、▲7四歩△4一金▲7三歩成で先手勝ちとのこと。銀を取られる間、手を稼げるし、形も乱れるから、取られても十分元が取れる。
北島六段も△5八銀と、似たような筋で攻め合ったが、▲1五香で歩を補充し、▲3四歩が厳しかった。▲1五香は夕食休みをはさんで63分の長考。ここで読み切ったのだろう。すでに、筋に入っていたのである。
12図以下の指し手
▲8二と△8七歩成▲同玉△8六歩▲同飛△6七銀不成▲1四桂(13図)渡辺五段はためらわない。ノータイムで▲8二と、と取って決めた。△6七銀不成と取られたが、▲1四桂と打って詰んでいる。
13図からは、△3三玉▲3二銀成△同玉▲1二飛までで、北島六段は投げた。
その後は、△4三玉▲3二銀△5二玉▲4三金△5一玉▲4一銀成△同玉▲4二飛成△同角▲5二銀△3一玉▲2三桂まで、ぴったりの詰み。
手順中、△5一玉で△6一玉と逃げても、▲6二歩△同玉▲7四桂以下詰み。
北島六段は「最後の詰みをうっかりしました」と苦笑した。
(以下略)
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矢倉囲いに対する▲4一銀(△6九銀)が効果をあげているケースが多いが、いつも思うことは、△3一金(▲7九金)と引かれたらどうなるのだろうということ。△3三金(▲7七金)と上がられたらどうなるのだろうというケースもある。
ところが、ほとんどの場合これがうまくいっている。
プロが読みを入れて指している手なので当たり前といえば当たり前なのだが、とても自分で実戦で指せるような感じがしない。
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河口俊彦七段の、「駒をはがす▲4一銀が常用の手段。しかし振り飛車党の読者には指しにくいだろう」の文は、この記事を書く直前に初めて読んだもの。
私が今までうっすらと▲4一銀(△6九銀)に抱いていた感情の根源的な理由を見事に説明してくれていて、嬉しくなった。
やはり振り飛車党にとってはピンと来なくても無理はない手なのだ。
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それにしても、渡辺明五段(当時)の踏み込みの良さと終盤の鋭さが見事すぎる。