行方尚史五段(当時)「先週、僕のささやかな希望は打ち砕かれた」

将棋世界1998年11月号、大崎善生編集長(当時)の編集後記より。

 出張校正室をあけるとヘッドホンをつけた見慣れない若者がすわっている。朝の10時から翌日午前1時までの15時間に亘り出張校正室の机にかじりつき黙々と原稿用紙と格闘していた。この奇跡的な遅筆家、しかし類稀な集中力と持続力の持ち主は、行方尚史五段である。

——–

出張校正室は印刷会社にある部屋。印刷に入る一歩手前のギリギリというタイミング。

15時間で6ページを一気に書き上げてしまうのだから、すごい集中力だ。

——–

この時、行方尚史五段(当時)はどのようなことを書いていたのだろう。

将棋世界同じ号の、行方尚史五段(当時)の連載自戦記「ワーストバウト」より。

 9月21日の朝、僕はとうとう追いつめられてこの原稿用紙に向かっている。

 先週、僕のささやかな希望は打ち砕かれた。

 また終わったと思った。プロになって5年、終わりと始まりを繰り返しているだけだ。

 突き詰めたギリギリの景色を見るのはかなわないのだろうか。

 先週の2局のうち、郷田棋聖戦を見ていただきたい。

(以下略)

——–

ガッカリするようなことがあると、やはり原稿に着手するタイミングはどんどんと遅くなってしまうものだ。

何があったのだろう。

将棋世界同じ号の、河口俊彦六段(当時)の「新・対局日誌」より。

9月14日

 控え室も竜王戦があるせいか、夕方になると賑わいはじめた。今は、5人も集まれば多い方である。

 控え室にはくぼんだ部分がある。床の間のようだが、戸をつければ押入れになる。で、盤を置いたり座ぶとんが重ねられている。その座ぶとんを6、7枚重ねた上に、対局を終えた真部八段が腰かけ、壁に寄りかかっている。そのすぐ向かいには、行方くんが膝をかかえてうなだれている。両者無言。そこだけ見ると、江戸時代の牢屋みたいだ。真部君は、牢名主といったところか。

「どうかしたかい」行方君に言うと「ひどいやられ方をしました。力を出してくれないんだものな」泣き出しそうである。

「じゃあ、その将棋を見せてよ」。破滅型を慰めるには、辛い場面を思い出させるのがよい、のかどうかは知らない。ともあれ行方君はすぐ盤を引き寄せ、自戦解説をはじめた。

 ボヤキと反省が延々とつづく。ときどき真部君が批評する。それがすべて的を射ており、行方君が素直にうなずいている。これを大所高所からの評というわけか。この二人、酒を飲みながらの話が合うのかどうかは知らない。ただ、将棋では認め合うものがあるようである。

 プロ棋士のタイプはいろいろあって、センスのよしあしもある。それは強い弱い、勝つ勝たない、とは別のものである。

 真部八段はセンスのよい方の典型で、「将棋論考」がおもしろく、説得力に富むのもそれゆえである。私も雑談をしながら、いろいろ教えてもらっている。将棋を見る目の確かさは、天性のものであろう。

(以下略)

——–

当時の記録を調べると、行方五段は、9月14日にNHK杯戦2回戦で谷川浩司竜王に敗れ、9月17日に棋王戦本戦3回戦で郷田真隆棋聖に敗れている。

行方五段の「ささやかな希望」とは、好位置まで来ているこの2戦あるいは最低でもどちらか1戦を勝って、本戦トーナメントを更に勝ち進みたいということだったのだろう。タイトルホルダーに勝ちたいという気持ちも同時にあったと思う。

9月14日のこの光景は、行方五段がNHK杯戦で谷川竜王に敗れて、そのままNHKから帰宅することなく、千駄ヶ谷の将棋会館に立ち寄って、膝をかかえてうなだれていたということになる。

——–

この時、行方五段に勝った谷川竜王も千駄ヶ谷に足を運んでいる。

この日は、竜王戦挑戦者決定戦第3局、羽生善治四冠-藤井猛六段戦が行われていた。

結果は藤井六段(当時)が快勝。

藤井六段は竜王戦の挑戦者となって、数カ月後には谷川竜王から竜王位を奪取することになる。