将棋世界2005年6月号、渡辺明竜王の第23回朝日オープン将棋選手権五番勝負展望「渡辺竜王が見た羽生-山崎戦」より。
ここからは挑戦者、山崎六段について。
山崎将棋を様々な角度から探っていこう。まずは序盤戦術から。
1図は対杉本六段(2005年2月24日・王将戦)で高美濃に飛車がくっついている珍形だ。
この将棋を始めとして独創的な序盤戦が数多く見られる。おそらく序盤の研究は最低限にとどめて思い付きやその場の発想を大事にしているのだろう。こういう大胆な指し方を出来るということは中終盤戦の力に自信を持っているからに他ならない。
2図は今期の朝日オープン本戦2回戦対藤井九段戦の終盤戦である。後手が△5七金と張り付いた局面。
先手ピンチを思わせるがここからの手順が素晴らしかった。まず▲2四歩と打つ。控え室で観戦していた私はこの手の意味がわからなかった。恥ずかしいことに「△同角引とされて無意味じゃないのかなぁ。ポカか?」と思った程である。△同角引に▲6九飛(3図)が受けの決め手。
▲6九飛は指されてみれば当然に思えるかもしれないが、そう簡単に浮かぶ手ではない。2図からの一連の手順に終盤の強さを見ることが出来る。
2004年度は42勝11敗、0.792という好成績を残した。気になるのは負け将棋の内容で、持ち時間を残して大差で敗れるというケースが目立つ。朝日オープン開幕直前の4月1日の対局で阪口四段にやはり大差で負けているのも気掛かりな点だ。
表1は山崎六段対A級棋士の成績。A級棋士には8勝3敗と抜群の成績を誇っているのだ。
表1:山崎六段対A級棋士成績(2004年度)
対 森内名人 0勝1敗
対 羽生四冠 1勝1敗
対 藤井九段 1勝0敗
対 佐藤棋聖 1勝1敗
対 谷川九段 1勝0敗
対 丸山九段 2勝0敗
対 三浦八段 1勝0敗
対 郷田九段 1勝0敗
(久保八段、鈴木八段、森下九段とは対戦なし)大舞台が近づくに連れてモチベーションを上げていくタイプなのかもしれない。初の大舞台、燃えないわけはない。これは好材料と言える。
前年の朝日オープン挑戦者決定戦、王位戦挑戦者決定戦で羽生朝日に敗れて番勝負出場を逃したがNHK杯戦と朝日オープンできっちりと結果を出した。
続いては迎え撃つ羽生朝日オープン選手権者について。2004年度は60勝18敗、0.769とこちらもすごい成績。2004年度は名人失冠から始まり一時は無冠の危機と騒がれたが王位奪取、王座防衛を決めた辺りから無敵モードに入り王将、棋王と連続奪取して四冠王に復帰。名人挑戦も決めるなど絶好調だ。
最近「渡辺君、秋には日本中を敵に回すかもしれないよ」という声も出始めた。
名人戦と並行して行われるので過密日程になるがそれは昨年と同じなので特に不安要素にはならないだろう。
表2は両者のこれまでの対戦成績。
表2:羽生善治四冠VS山崎隆之六段対戦成績(先手、後手の順)
2003年3月8日 朝日オープン本戦 羽生◯ 山崎●
2004年3月19日 朝日オープン本戦 羽生◯ 山崎●
2004年6月25日 王位戦挑決 山崎● 羽生◯
2005年2月21日 NHK杯決勝 羽生● 山崎◯
2005年4月7日 朝日オープン① 羽生◯ 山崎●この中から2局取り上げる。
まずは昨年の朝日オープン挑戦者決定戦の対局より。
変わった序盤戦から乱戦になり目まぐるしい動きが続く展開に。
4図は△8三同角と飛交換が行われた局面。ここから▲3八角△7一金▲7九玉△9四歩▲4九金と進行。先手もまとめ方が難しい局面だが惜しむことなく▲3八角と打ち▲7九玉~▲4九金で隙がなくなった。羽生朝日の優れたバランス感覚が出た場面なので取り上げた。
以下もうまくまとめて羽生朝日の快勝に終わった。山崎六段得意の乱戦にも強いというところを見せた一局。
次に昨年の王位戦挑戦者決定戦。この将棋も一風変わった力戦になり山崎六段が序盤でリード。
5図は△4四歩と突いた局面。
ここから▲2四銀△3二金▲2三歩と一目散に突進。△3一銀に▲1六歩と突いて▲1五歩~▲1四歩と攻めた。筋は良くないし、端を攻めるのは手数が掛かるので選びにくい順だがこれを選ぶのが山崎将棋なのである。
5図では▲3六銀と引いて歩得を主張する手が普通だと思うが普通の手を選ばないのが山崎将棋の魅力だと思う。
この日は私も連盟で観戦していたのだが終局直後の山崎六段の悔しがり方が印象に残っている。
五番勝負の予想に入ろう。まず戦型だが山崎六段は先手ならば相掛かり、後手番ならば一手損角換わりとゴキゲン中飛車が多い。1図のような大胆な戦法が出るかもしれないが短期決戦なので指し慣れた戦法で行くと予想する。
結局、戦型は羽生四冠次第ということになる。先手番ならば居飛車、後手番の時は相掛かりを受ける、もしくは振り飛車などの変化に出るのが有力と見ている。両者の呼吸が合えば相振り飛車なども考えられなくはない。いずれにせよ様々な戦法が登場しそうだ。
羽生朝日有利と思っている人がほとんどだと思うが私はそれほどの差はないと見ている。大舞台、強敵相手でこそ真価を発揮する山崎六段にとって今回は絶好の舞台だからだ。NHK杯戦決勝で羽生朝日に勝っている点も見逃せない。新世代の代表として頑張ってほしい。
第1局は羽生朝日の先手で4月7日に行われ、山崎六段は予想通りゴキゲン中飛車を指向。羽生朝日が山崎六段の土俵とも言える力戦に持ち込んで先勝した。山崎六段にとっては痛い負け方にも見えるがまだ始まったばかり。2局目以降に改めて期待する。
今回の五番勝負は自分以外の棋士が出る初めての世代戦ということで非常に注目している。第2局以降は全て現地まで観戦しにいく予定だ。
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羽生善治名人は、2004年に名人位を失冠して、王座一冠のみという時期があった。
しかし、間もなく王位を奪取し王座を防衛し、年が明けてから王将、棋王獲得するという怒涛の流れ。
名人戦でも挑戦者となっており、この時はまだ決まっていなかったが棋聖戦での挑戦も決めることになる。
仮に羽生四冠が名人、棋聖を奪取して王位、王座を防衛すると、七冠目が竜王。
そのようなことになった場合、「渡辺君、秋には日本中を敵に回すかもしれないよ」ということになる。
実際には、名人戦は森内俊之名人が、棋聖戦は佐藤康光棋聖が防衛し、竜王戦の挑戦者は木村一基七段(当時)となる。
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渡辺明竜王による山崎将棋の分析が絶妙だ。
独創的な序盤と中終盤戦の力。
昨日の記事にあったように、羽生世代に押されないための必要条件を山崎隆之六段(当時)は持っているという渡辺明竜王の評価だ。
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1図の高美濃囲い。どんなに美濃囲いが好きな人でも飛車付きでは嫌だという意見がほとんどだろう。
このような形からでも勝ってしまうのが山崎隆之八段。
2図の▲2四歩は、△2四同角と引かせて、△1九角成と入らせない狙いと▲2五桂から角を殺してしまう味を作ったもの。実際にこの後、▲2五桂が打たれている。
3図から△6八金▲同銀△同角成▲同飛△同角成▲同玉と清算するのは、後手にとって適当な飛車の打ち場所がないことと、▲6二金からの攻め筋が発生してしまうことから、後手にとってメリットがない。
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将棋世界の同じ号の第23回朝日オープン将棋選手権五番勝負第1局「羽生善治朝日選手権者、磐石の勝利」で杉本昌隆六段(当時)が次のように山崎将棋を述べている。
山崎六段の将棋は今の若手には珍しく終盤型。定跡形より力戦形を好んで指します。毎年あれだけの高勝率を残しながらムラも多く、ノータイムでポカも出る。若さと未知の魅力を感じます。
私見ですが、山崎将棋は未完成。まだ自分の脳力を6割程度しか発揮してないんじゃないか…と思うことがあります。もっとも、これ以上強くなられては、周りの棋士は堪ったものではありませんが(笑)
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現在の山崎将棋も、若さと未知の魅力を持ち続けていると思う。
若さと未知の魅力、すごくいい言葉だ。