将棋世界2000年12月号、河口俊彦七段(当時)の「新・対局日誌」より。
勝又五段や飲み友達を探していた木村五段が帰り、控え室はひっそりしてきたが、夕方ころは賑やかだった。
丸山名人、藤井竜王、島八段などのスター棋士の対局があって、それぞれが勝ち、控え室に集った。
考えてみると、丸山名人をしばらく見てなかったような気がする。ダブルの背広の前ボタンを外し、ちょっとおなかが出てきたかな。島八段は大野六段に勝って機嫌がよい。誰かに「2週間で5局も勝ったそうですね」と言われ「からかわないで下さいよ。5連勝してもまだ今期は負け越しですからね。お恥ずかしい」。とお得意の首をすくめるポーズをした。
5連勝のうち、羽生五冠に二度勝っているのはたいしたものだ。
藤井竜王は、木村五段を大熱戦の末破った。控え室で大野六段に「夕食に行きましょう」と誘われたのを「約束があるので」とやんわり断る。「何の約束?」、「家で食事をする約束をしたんでね」。
となりで島君が「ああ風邪がひどい。将棋も見ていたいけど、こういうときは帰るのが冷静でしょうね」とか言い、これをきっかけにみんな帰った。
残った木村君は頭をかかえた。「そうだったのか。知らなかったな。食事の約束をしていたとはね。知ってれば途中で千日手にしたのに……。ああひどい」綿々と嘆いたが、聞いていて同情心が湧く、ということもない。そうして2、3時間飲み仲間を探していたが、うまく見つかったかしら。
(以下略)
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木村一基八段の独身時代の話。
仕事が終わった後、どうしても同僚や先輩や後輩と飲みに行きたくなることは、独身・既婚を問わず数多くあるわけで、独身と既婚の行動の違いを強いて挙げれば、
- 既婚…15分間、飲む相手を探しても誰もいなければ帰宅する
- 独身…自分の気持の整理がつくまで、飲む相手を探し続ける
となるだろう。
私もこのような経験は多かったが、1時間程で諦めてしまったものだった。
木村一基五段(当時)は、将棋のみならず、このような局面でも驚異的な粘り強さを発揮していたわけで、素晴らしいことだと思う。