「寅さん映画に木村義雄十四世名人を発見」

将棋世界1982年3月号、「メモ帖」より。

 芹沢八段、正月映画の”寅さん”を見ていたら、茶の間の場面でテレビに2、3秒写った人物、「ア、木村名人だ!」 そのあとは会う人ごとに「寅さん映画に木村名人を発見」と語っていた。

 しかし自信がない八段、読売新聞の芸能関係のエライさんに調べてもらったところ、「某奇術師だった」の返事をもらい、ガクリ、肩をおとし「おれの目も悪くなった。老いはハメマラからというが…」。

 ところがその後、また木村名人と判明、躍り上がって喜んだ。

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芹沢博文八段(当時)が観たのは『男はつらいよ 寅次郎紙風船』。

音無美紀子さんがマドンナ役で、岸本加世子さん、地井武男さんなども出演している。

Amazonプライムで見てみた。

芹沢八段が「ア、木村名人だ!」と言ったのは始まってから22分頃のシーン。

車寅次郎(渥美清)の妹・さくら(倍賞千恵子)が自分の家(「とらや」ではない)で電話をしていて、電話台の隣にテレビがあって、そのテレビに木村義雄十四世名人が出ている番組が映っているというもの。

ボリュームを上げて何回か聞き直すと、「棋道も独創力のないものじゃ」や「自分で工夫して」とテレビの中の木村十四世名人が話しているのがわかる。

テレビの画面は、満男(吉岡秀隆)がサンドイッチを食べている手に隠れたりしているので、よほど注意深く見ないと判別はできない。

よく気がついたものだと思う。

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『男はつらいよ』シリーズは、決して嫌いなわけではないのだが、一作も全編通して見たことがない。

私と松竹映画の波長が合わないのか、じっくり見ようという気が起きないのだ。

『男はつらいよ 寅次郎紙風船』の木村十四世名人が映るシーンも飛ばし飛ばし探したので、見つかるまで22分以上はかかっている。

これなら、真面目に初めから見て探した方が早かったということになる。

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私は感覚がおかしいのか、シリーズ物の映画を観るのを避ける傾向がある。

深層心理で、1作目から見なければ筋が通らないだろう、と思っているようなのだ。

シリーズ物は多くの場合、乱暴に言えば続き物ではないので、どこから見ても良いわけだが、最初から見なければ落ち着かないという心理がはたらいて、シリーズ物の映画はこれまで敬遠していた。

その代表例が007シリーズで、見れば絶対に面白いとわかっているのに、途中だから、ということで、今までの人生で007シリーズを観るために映画館に足を運んだことはなかった。

シリーズの中での唯一の例外は、日本が舞台となっている『007は二度死ぬ』をビデオを借りてきて観たことぐらい。

それが、Amazonプライムに入ったら007シリーズ全24作が見放題(007シリーズは現在は有料)。

今までの不義理を一気に返上するように、第1作『ドクター・ノオ』から最新作『スペクター』までを上映順に観た。

結論から言うと、私の第1作から順番に観ていく方式は大正解だった。

気持ちの上でもすっきりできたし、1作観るごとにその作品の制作の背景や反響を調べたので、プロデューサーの方向性やジェームズ・ボンド役俳優のことなど、全体を鳥瞰して楽しむことができた。

007全作品、それぞれが面白く、ボンド役俳優によっても魅力が異なる。

つい最近も書いたことだが、観ている最中は特に感じなかったのだが、全作品を見終わって、知らず知らずのうちに3代目ボンド役俳優・ロジャー・ムーアのファンになっていることに気がついた。

映画館はもちろんのこと、テレビでもロジャー・ムーア版007は見たことがなかったので、先入観なしでの評価。

ショーン・コネリーは別格としても、ジョージ・レーゼンビー、ティモシー・ダルトン、ピアース・ブロスナン、ダニエル・クレイグ、それぞれ個性が違って皆好きだけれども、全作通して見ると、ロジャー・ムーア時代の作品が自分にとって最も居心地が良く感じられる。

ロジャー・ムーア時代の007は、緊張感とシリアスさに欠けて、秘密兵器とボンドガールがたくさん出てくる荒唐無稽なストーリーの作品が多いと言われることが多く、たしかにそうだが、そこがたまらなくいい。

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「男はつらいよ」シリーズは26年間に48作品、007シリーズは53年間で24作品(継続中)。

非常に乱暴に言えば、007シリーズは英国版「男はつらいよ」のような位置付けとも言えるだろう。

三谷幸喜さんは2007年の朝日新聞で「男はつらいよ」シリーズと007シリーズの共通点として次のようなことを挙げているという。

  • 落語の枕のようなミニエピソードがあって、それから本編に入る構成
  • 主人公のホームグラウンドから話が始まって(柴又、ロンドン)、それから各地(日本全国、世界各国)に飛ぶ筋立て
  • 主人公を取り巻く魅力的なレギュラー陣
  • マドンナ役とボンドガール
  • 有名なテーマ曲を持っている
  • 先が読める王道ストーリー

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こうして多くの人達に愛され続けている両シリーズだが、最も大きな違いは、「男はつらいよ」シリーズは渥美清さん一代で終わってしまったのに対して、007シリーズはボンド役俳優が代替わりして現在も続いていること。

007シリーズも、初代のショーン・コネリーがあまりにも素晴らしかったため、ジェームズ・ボンド=ショーン・コネリーのイメージが強く、他の俳優がジェームズ・ボンドを演じるなど考えられない時代が続いた。私もそう思っていた一人だった。

ジェームズ・ボンド=ショーン・コネリーというのは、寅さん=渥美清と同じくらい、あるいはそれ以上の定着したイメージだった。

他の俳優から役を引き継ぐことは大変に困難が伴うもので、どうしても比較されてしまう。

そのような困難に真正面から対峙し、克服し、結果として「ショーン・コネリー以外の俳優でもジェームズ・ボンドを演じることができる」世界に変えてくれたのが、ロジャー・ムーアだ。

現在に至る「ショーン・コネリー以外の俳優でも007シリーズが成立する(そのボンド役俳優の個性に合わせた制作方法)」というビジネスモデルを確立した、と言い換えても良いだろう。

ロジャー・ムーアは、オファーがあった時はもちろん不安はあったものの、ハムレットを演じてきた何百人もの役者たちのことを考えたという。

ロジャー・ムーアはショーン・コネリーより3歳年上で昔から仲が良かったが、役についてショーン・コネリーと直接話し合ったりはしなかった。

「だってハムレットの役をオファーされたからといって、ローレンス・オリヴィエに電話したりするのだろうか?」

とロジャー・ムーアは書いている。

「同じだけど、違う」存在にならなければならないと、監督と打ち合わせをして、映画中でウォッカ・マティーニは頼まないこと、アストン・マーティンには乗らないこと、などを決めている。

それらは、あまりにもショーン・コネリーのイメージが強かったからだ。

「ボンドを演じる俳優にわたしができるアドバイスはひとつだけ。あちらこちらから盗むとしてもそれは追加的効果であって、まずは自分の個性を使うこと、自分らしくあることだ」とロジャー・ムーアは述べている。

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このようなロジャー・ムーアの歴史的な功績は、私がロジャー・ムーアのファンになった後に知ったこと。

ロジャー・ムーアは現在89歳。ユニセフ親善大使としても活躍を続けている。

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将棋界も、いつかは羽生世代の棋士たちが引退する時代がやってくる。

これは、ショーン・コネリーが007を降りる時と同じようなイメージになると考えられる。

その時に、ロジャー・ムーアのような立場で次世代の棋士たちが頑張ってくれることを期待したい。

 

 

 

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