将棋世界1985年2月号、「痛烈緊急座談会 若手と一流に差はあるか」より。
出席者は、田中寅彦八段、小林健二七段、中村修六段、高橋道雄六段、塚田泰明五段(段位は当時)。司会:本誌
―昔の棋士たちはよく我々と若手は鍛えが違うといいますが、それはどうでしょうか。
田中 そりゃ戦争を経験した人とは違うでしょうね。今は生きている世の中が恵まれすぎているわけですから、修業を続けるというのはよほど大変ですよ。あの中原さんだってこうなっちゃったんだから。
高橋 軍隊経験者は違うと思いますよ。今でも大山先生、丸田先生、佐瀬先生達が高齢で頑張っていられるのはそれがあるからだと思います。何といってもたった今死んでしまう可能性があるわけですからね。そんな状態で自分がどんな考え方を持つかなどは想像できません。
―軍隊とまではいかなくても、内弟子経験者が伸びるという考えは?
田中 私も半年だけ経験しましたが、師匠の最後の頃の内弟子でしたので、拭き掃除なんかも最初だけで、そのうち起きるのは一番遅くなるとか夜遅く帰るとか昔と比較すればかなり甘かったと思います。でも他人のメシを食うというのは何か違うという感じは持ちましたね。
―小林さんも板谷先生の内弟子をやりましたね。
小林 ええ、でも塾生時代の方が長かったですね。一番将棋が強くなったのはその時代でしょうね。師匠が時々、奨励会時代の貯金で皆食っているんだ、というんですが、奨励会弱い時の勉強というのは大事、ということでしょうね。あと内弟子の良かった所は寅ちゃんも言った通りで、他人のメシを食うという所と人に接する態度も勉強になりました。そういう所を含め、将棋に関係ないようですが総合的には自分の将棋に影響を与えたと思いますね。
―他の方は内弟子経験はないわけですね。どうしてでしょう。
小林 それは、経済的問題もあって内弟子を置く師匠がもう少ないですから。
―中村さんは具体的にどのような方法で勉強していましたか。
中村 僕は奨励会時代は学校に行っていたので記録などもほとんどとった事はありません。ただ対局する機会が少なかったのでかえって奨励会例会での対局に一生懸命に打ち込めました。あるいはそれが良かったのかもしれません。あと研究会にも一つ参加してました。
田中 研究会では理論家の室岡という良い師匠がいたね。(笑)
中村 ええそうです。いろいろ教えてもらいました。当時は堀口君なんかとライバル視されていたこともありましたしね。
塚田 いたこともあった、ネ。過去形か。
中村 イヤイヤ。抜きつ抜かれつしていましたから…。
塚田 今は決着はついたね。(笑)
―でもそのくらいの修行でもここまで来たわけですよね。
中村 ええ、ですから恐いですね。挫折を知りませんので。
―塚田さんも準名人になったり、アマ時代に強かったので苦労して勉強したことはないのではありませんか。
塚田 苦労した、という覚えはありあせん。でもプロとアマの強さというのは少し違うんですね。アマではたまたま強い時が続いてフロック的な成績も残せましたが、プロになってからは中村さんと一緒で学校に行っていた関係で、将棋の勉強時間は少なかったですね。それで僕も奨励会例会しかない、と感じて集中してやったのが良かったと思います。
―でもそんなにスンナリと強くなれるものでしょうか。
田中 強くなった、のではなく、強かったんですよ。(笑)
―塚田さんや中村さんは高校野球のエース投手でプロに入って即戦力という感じがしますよね。
田中 元々向いていたんですよね。
高橋 中村君や塚田君が甲子園のスターなら僕はテスト生で入って来たクラスかな。(笑)
小林 それがいきなり掛布みたいにタイトルホルダーになった。(笑)僕の持論は才能でなく努力だと思っているんです。でも塚田君や中村君を見ていると才能もあるのかな、と思わされますね。
―その才能とは何でしょうか。
田中 絶対自分が最後には勝つんだ、という負けん気ですね。その負けん気を持てるというのが才能ですよ。高橋君なんか公式戦で中村君に負けたら雨の中を濡れながら帰ったからね。戦っている時は負けるというのを自分で信じていないんですよ。それが最後まで頑張って負けた時すごいショックを持てるのが才能ある人間です。負けてエヘラエヘラしているようでは絶対上まで来ないですよ。負けて自分を責めるというのが一流になる最低の条件ですよ。その気持さえあれば内弟子をやっていようと何しようと関係ありませんね。
―高橋さんの場合はどうでしたか。
高橋 僕が頑張ったのは高校を卒業してからで二~四段時代ですね。特にやることもないので連盟に通いづめで、記録係も最高月に17局取りましたよ。
小林 17局!すごいね!
田中 そんな人に地方廻りをやらせたんだからねえ。王位を取られたのは将棋世界が悪いね。(何故かシーン)
高橋 内弟子は良い制度だと思うんですよ。何故というと師匠の家ですから将棋に浸っているわけですし、自分の家の手伝いをしなくてもよいし、また自宅でないという緊張感があるし、他人の家なので辛抱もしなくてはならないということなどでしょう。ですからそういう気持ちが自分で持てれば別に内弟子でなくても良いと思うんです。
田中 谷川君は内弟子ではないが苦労はしていますよ。まず自分で子供としての遊びは全くしなかったでしょう。また格が同年代では上に行っちゃったものだから人の分まで金を出すとか、本当の遊びをしていない。僕はそれが可哀想だと思うから早く楽にさせてやりたい。(笑)中原さんは楽になって普通の男の子に戻っちゃったんですよ。株をやったり競馬をやったり。あの人のことを思うと今まで目標にして来ただけにすごく不満ですよ。こんな人ではないと思うから。それが谷川とか米長とかあんな弱い将棋が勝っているからね…。
小林 疲れちゃったんじゃないかな。10年以上も頑張っていて。
田中 それでも家のローンが残っていればまだ頑張りますよ。その意味で僕は絶対収入が増えるごとに土地でも何でも買って借金を作りますよ。楽しないようにしなくちゃあね。小林さんもどうですか、一戸建てを買って借金すれば。ゴルフなんか行けないようにして。
小林 たしかに最近ゴルフは行きすぎていますね。
田中 そうでしょう。昔みたいにハチ巻して借金返すために頑張るんだ、と思えば間違いなくすぐにA級ですよ。
小林 ありがたいお言葉です。
―高橋さんは貯金のしすぎ、という話がありますが。
高橋 そんな事はないですよ。(笑)でも僕も確かにそういうギリギリの状態までやったことはありませんね。
小林 貯金をしすぎるとA級になってもすぐ落ちますよ。石田さんみたいに。
田中 僕が調子悪くなった時は精神は石田、将棋は桐谷になってますよ。(笑)
(つづく)
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この「痛烈緊急座談会」は新年の企画で、若手棋士が、
- 今一番強い棋士は誰か
- 一流棋士と若手棋士との差
- 鍛え方(上記)
- 若手は面白くないか
- 今年の将棋界はどうなるか
について本音で語り合うというもの。
よく読んでみると、大胆な発言出てくる。
後から分かったことだが、編集部からは過激にやってほしいという注文が出ていたようだ。
通常なら載せないような会話もカットされずにそのまま載ったのかもしれない。
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誰が悪いということでは全くないが、この座談会が後に波紋を巻き起こすことになる。
(つづく)