昨日からの続き。
将棋世界1986年6月号、毎日新聞の加古明光記者の「中原・大山を追う 名人戦24時間レポート」より。
4月11日
8:00 ホテル2階のレストランで相次いで朝食、「また雨ですねえ」
8:52 この日もほぼ同時に入室、一日目を並び終えてから記録係に「読みなさいよ」(大山)。
9:10 封じ手をテレビで見て「7四歩しかないですよ」と石田八段。「だが、ここらあたりのわかれでは、どうも中原名人がポイントを上げているような気がしますね」中原が7八飛と回ったのを見て、石田「こりゃ、すごい手がありますよ」とオクターブを上げる。
9:40 石田の指摘した7四歩が中原に生まれる。「そうでしょう、行ったでしょ」と石田、興奮気味。「スパッと飛を切って同金に7五歩。素人の将棋ならこれで終わっちゃいますね」
石田の読み筋通りに進展。大山の6五歩に「うまい切り返しだなア」
9:43 中原の鬼手、5五銀。「やはり、対局者はよく読んでいるよ」
10:20 両者無言。盤側に第2局(24、25)のスケジュールを話しかける。「帰りは名古屋へ出て、板谷さんの会(板谷一門五十段達成パーティー)に出なきゃならんからな」(大山)。中原「あ、出られるんですか、私も出ることにしてます」
10:45 中原「私の昼食は昨日と同じうなぎでいいです、ただ、ホテルの部屋へ持って来てください」
大山「みんなは?うどん?じゃ私もそれでいいです」
12:00 ホテルの大盤解説1回目がすみ、集まった50人を2回に分けて観戦させる。今回の名人戦・大盤解説は原則として有料制。
観戦中に、大山、長考のあと4九飛と指す。「大山さんらしいサービスだな」と控え室。続く3二飛に中原の表情が変わる。この手を予想していなかったらしい。「一瞬動揺があったようです」(堀川二段)
12:35 昼食。毎年のように名人戦第1局には、地裁から毎日新聞に派遣される裁判官研修の判事が2人。今年はこの日から東京地裁と神戸地裁の2人が派遣され、大山と食事同席。
食事をとりながら大山「判事も検事も一般の人には同じように思えるもんな」。判事「そうですね。裁判所へ入ったことのある国民は人口の1パーセント程度といいますから」。
14:00 雨に風が加わり、しかも猛烈な勢いになって来た。ヒューヒューと対局室まで聞こえ、大山、手を休めて窓外の揺れ動く木々を見つめる。
14:38 必殺の一手ともいえる中原の3一飛が出た。
控え室の加藤、石田「どう見ても、大山さんに分がないな。終局は意外に早いよ。夕食まで持たないだろう」
大山、首を傾げて苦しそう。
15:05 2回目の大盤解説はじまる。講釈師風の石田の名調子に、解説場、爆笑のうず。この頃、聴衆、100人を超す。風、ますます強くなる。
15:40 中原、音をたてずにホットミルクを飲み干し「フー」と軽いためいき。悪くはないという表情が顔に出ている。
大山、うつ向き加減。盤上、妙策が見当たらない。「夕食前の終了、決定だな」と控え室。丸田祐三、広津久雄両九段の姿もある。
16:00 二人の表情は変わらず、優劣そのままの顔。指し手が早くなる。
16:03 中原の111手目、7二金を見て、すぐ、大山「負けですね」と投了。
直後の大山の感想「歩切れになるから受かると思っていたんだが、意外にうまい受けがないのに驚いた」。
中原「7八飛と飛回りを見せたのは構想だが、攻めないと歩切れが響いてくるんで行くしかなかった」。
17:00 風雨が弱まり、薄日すらさし込んで来た。薄日を受け、シルエット風の対局者を見ての検討風景が続く。特にこれという疑問手が大山には見当たらないが、ペースはずっと中原のもの。つまり、中原が右金を6九に置いたまま戦端を開き、7八飛と回る構想が実現しては、中原の指し易い局面だった。
17:15 検討終了。対局室から両者出る。大山「食事、何時から」。6時と聞いて「それまでやることがないじゃないの。一局やろうか」とまた催促。「ちょっと送稿がありますので」という当方に「まだ、時間があるから帰ろうか」。
「夕食まで、私入ってやりますよ。夕食のあとは誰か代わってくださいよ」(中原)。
どうにか面子を確保して一卓成立。誰いうともなく「やれやれ」。
18:05 一卓囲めば、不満は解消。くつろいだ表情で両者、打ち上げを兼ねた夕食。夕食途中で「色紙書くなら娯楽室へ置いておいて」と大山。中原は「私の部屋に置いて下さい」
19:00 「じゃ先に(色紙を)書いちゃうから」と大山退席。30分後に娯楽室に行ったら、ちゃんと10枚の色紙が書き終えられていた。
さっそく雀卓を囲み、ポンとロンの会。
23:25 マージャンは他人にまかせて大山、退席、中原はその前に姿を消していた。
4月12日
8:10 一行よりひと足先に「帰りますから」と大山、単独でホテルを出る。
9:30 中原、自室で色紙に署名「10枚の他に別口で頼まれたものがありますので」とせっせと筆を走らす。
10:15 関係者、ホテル・ロビー集合。中原「もう少し書くものがありますから、私は一列車あとにします。先に行ってください」
10:30 ホテル・フロントから「大山名人の部屋に小物入れの忘れ物がありました」
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板谷一門五十段達成パーティーとは、板谷一門のプロ棋士の段位合計が五十段になったことをお祝いするパーティー。
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「2回目の大盤解説はじまる。講釈師風の石田の名調子に、解説場、爆笑のうず」の様子は、以前の記事で紹介している。
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この頃は、飲み物の選択肢にホットミルクが入っていたことがわかる。
脳に良さそうな感じもするし眠くなりそうな感じもするし、対局中の飲み物としてはどうなのだろう。
それはそれとして、対局時に冷たい牛乳をゴクゴクと飲む棋士がいても面白いと思う。
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17:15、感想戦を終えて対局室から出たところで、
大山「食事、何時から」
加古記者「6時からです」
大山「それまでやることがないじゃないの。一局やろうか」
加古記者「ちょっと送稿がありますので」
大山「まだ、時間があるから帰ろうか」
加古記者「…………」
中原「夕食まで、私入ってやりますよ。夕食のあとは誰か代わってくださいよ」
「まだ、時間があるから帰ろうか」は、「6時まで何もやることがないのなら、もう東京に帰ろうかな」の意味だろう。
45分も待てない大山康晴十五世名人がすごい。
そこで助け舟を出した中原誠十六世名人。
大山十五世名人とは数え切れないほどタイトル戦で戦っているので、大山十五世名人のせっかちさは心得ている。
まるで、わがままな親戚の叔父さんに対するような手慣れた応対。
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「大山名人の部屋に小物入れの忘れ物がありました」
将棋の強い人、あるいは強くなる人ほど忘れ物が多いという説もある。
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盤上とは正反対にせっかちな大山十五世名人であるが、東京では将棋連盟会長としての仕事と対局で麻雀をやる暇などなく、麻雀を心置きなくできるのはタイトル戦の時か地方へ出張した時くらい。
そう考えると、僅かの時間をも惜しんで麻雀をやろうとする気持ちも、理解できなくもない。