将棋ジャーナル1983年11月号、グラビア「第24期王位戦 内藤カド番しのぐ」より。
将棋というゲーム、黙ってもくもくと小さな部屋で指し続けるもの。したがって将棋指しが無口でもいっこうにかまわない、と思うとこれがそうでもないらしいのである。
第24期王位戦の挑戦者になった高橋道雄五段が極端に無口な人。挑戦を受けた内藤王位は、明るくユーモアのある話術が得意な人。感想戦ではつねに内藤王位がしゃべり、高橋五段が黙って聞いているという展開。
以下は第4局(浜松市呉竹荘)高橋五段が勝って3勝1敗と王手をかけた将棋の感想戦。
内藤「カタイカタイ。(カにアクセント)……どうなんや、これ」
中原「なんかむずかしいと思っていましたけどネェ」
内藤「そう。もう、2五歩の所では形を作ろうと思おっとった」
中原(驚いて)「へえ、そうですか?」
内藤「とにかく、(向こうは)悪い手が一手もないんやから、やんなるワ」
中原「……フフフ」
内藤「このボケタ手ェが、ええんかねェ……」
笑わずしゃべらない挑戦者に新聞社のカメラマン氏たまりかねて中原立会人に「あの、高橋五段に話しかけていただけませんか」と頼む。
中原「高橋君、ここではこうやると、どうするの?」
高橋「……」(黙って駒を動かす)
内藤「それやったらこうするワ」
中原「エッ、そんな指し方するの」
内藤「どんなんでもするョ、そら(笑い)。私は悲観論者やからね。……ヤッ、ここで、こうやるとどうするの?」
高橋「……」
内藤「高橋君もやれよ」(笑い)
高橋「……」(黙って駒を動かす)
中原「4六に上がると?」
内藤「なんや、そう言われると、そんな気ィがしてきましたョ。中原さんの顔も立てんといかんからなあ。アハハハ」
高橋「……」(かすかに笑ったような表情)
内藤「なんやら、中原さんとやってるようやなあ」(笑い)。
この感想戦、実に2時間ほどやっていましたが、高橋五段はとうとうひとこともしゃべらず。笑ったように見えたのが数回。
高橋五段をよく知る田中寅彦七段によると、かすかにうなずくのが肯定の手。黙ってジッとしているのが否定の手とか。
内藤王位は、将棋の盤上戦術というよりも、人間性を含めた、地道無口流にアテられたのかもしれません。
翌朝、中原十段がひとりごと。
「あんまり無口なのも、困ったもんですねェ……」
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敗れた内藤國雄王位と立会人の中原誠永世十段による感想戦。
現在の高橋道雄九段はこのようなことはないが、若かった頃はこのような場面もあったのだろう。
将棋ジャーナルらしく、遠慮のない書き方だ。