前夜祭がカラオケ大会となった名人戦

将棋マガジン1984年6月号、毎日新聞の加古明光さんの第42期名人戦七番勝負第1局観戦記「谷川名人先勝!4六銀からの急攻でだるま流を粉砕」より。

「森安さんが出て来たらいいなあと冗談を言ったことがあるんです。気心は知っているし、互いに相手の実力も認め合っている仲。勝敗は別にして、楽しく対局できるムードになりそうですから……」これは森安八段が挑戦者に決まった直後の、谷川名人の言葉である。それにしても両雄がこんなにリラックスしているシリーズは見たことがない。前夜祭では二人ともマイクを握り、闘いがすんだ後の打ち上げでも大カラオケ大会になってしまったのである。しかし、もちろん盤上は別。森安の四間飛車に、谷川が急戦を仕掛けた――

(中略)

 春――名人戦の季節がやってきた。センバツが終わり、プロ野球が開幕し、桜がほころび始める季節になると、名人戦も動き出す。年度の初頭を飾るにふさわしいビッグ・イベントである。

 名人戦は、このところ毎期話題を生んでいる。死闘10局になった中原-加藤戦、22年の苦節が実った加藤新名人の誕生、それをわずか1年で座から降ろした谷川青年名人……今年は”神戸組”同士の対決である。

 最初にひとことお断りしておかねばならない。神戸組が名人位を争うのに、地元で一局も対局がないのはおかしいじゃないか、という声をいただく。

 主催者の舞台裏の話を少し述べると、対局場は早い場合、1年近く前に決まっている。正直な話、名人戦ともなると、来て欲しいという申し込みは多く、たとえば第1局の川崎市民プラザでも昨年の秋には対局場提供の申し込みがあった。

 その時点で神戸組同士が七番勝負を争うとは予想もしていない。名人が神戸だから最初から神戸対局をつけておけばという意見もあるが、そうなると、相手の地元でもやらねばならない。

 また、これは余談になるが、地元でやると、不思議に地元棋士が負けることがある。中原-森の名人戦で、仙台、高知の対局があった。例の森の”剃髪事件”の時である。この時も中原が仙台で負け、森は高知で敗れた。

 以上のような理由で、今期の名人戦で神戸対局を入れていなかった。しかし、スケジュール的には余裕のある第7局になった場合は、神戸周辺での対局を実現したいと思う。

(中略)

 予期されていたというべきか、前夜祭でハプニング?形通りのあいさつ、レセプションがあったあと、カラオケ大会になってしまったのである。地元の人たちも混じっての前夜祭で、宴途中で森安に「今夜は歌わないでしょ?」と問うたら「いや、もうリクエストしてあるの」とすました返事。渋いノドで森安が「歩」を歌ったら、谷川も負けじと(?)「氷雨」を披露、あとは地元の人たちも競い合って前夜祭はカラオケ大会に一変してしまった。

 立会いをお願いした加藤治郎名誉九段。気持ちよさそうに歌う対局者を見ながら「時代が変わったなア」という顔で、あぜん呆然。この七番勝負、カラオケシリーズになりそうである。とにかく、この両対局者、何にでも順応する。

(以下略)

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1993年の名人戦〔中原誠名人-米長邦雄九段〕第3局前夜祭でもカラオケが登場しているが、この時は両対局者ではなく、立会人と副立会人が歌ったもの。

空前絶後の名人戦前夜祭

1984年の谷川浩司名人と森安秀光八段(当時)、1993年の立会人だった内藤國雄九段と副立会人だった淡路仁茂八段(当時)、4人とも神戸組であるところが共通点。

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「地元でやると、地元棋士が負けることがある」

このようなジンクスがこの頃までの名人戦ではあったということだ。

こういった傾向があるのかないのか、時間ができたら調べてみたいと思う。