米長邦雄九段「このあたり、先崎は私とよく似た所がある」

将棋世界1989年4月号、米長邦雄九段の「今月はこの一局! 棋聖戦 青野八段VS先崎四段 一瞬の返し技」より。

将棋世界同じ号より。
新人類対旧人類

 今月は先崎-青野戦をお届けしたい。

 この二人の対戦となると、かなり年代は離れていて、青野八段は旧人類の最新鋭、先崎は新人類の最先端というところで、面白い顔合わせである。

(中略)

 先崎は私の弟子で三年間ほど内弟子をしていた事がある。内弟子というと旧人類の修業の一つの特長であるけれども、それを新人類中の新人類である先崎が務めたという巡り合わせが面白い。

 先崎の将棋を見るに、まだ才能、勢い、若さに頼っているだけであって”今のうちに心を入れかえて打ち込まねばならぬのに”と感じなくもない。

 これは師匠だから余計そう思うのかしれない。

 しかし、同時に四段になった中川にしても先崎にしても、私はああせい、こうせいとお説教がましい事は一切言わず,すべて自由という方針でやって来た。研究会などをいっしょにやる時も、師匠と弟子という立場ではなく、あくで同業者、対等のプロ棋士同士という姿勢で臨んでいる。

 というよりも、最近は二人に教わる事が多いかもしれない。

(中略)

 出だし(▲7六歩△8四歩▲6八銀△3四歩)は矢倉になるのかと思い、先崎の矢倉はあまり見た事がないから面白い将棋になるなと思ったが、案の上、5手目に▲6六歩と突いて中飛車になった。

 もちろん、この手について師匠からとやかく批評する事は一切ない。

 青野君の△6四歩は趣向を凝らした手で、この手では△5四歩が普通だ。

 これは5筋の位を取ってくれば、後の譜に見られるようにそれを奪回する、また、取ってこなければ△6三銀~△5四銀の腰掛け銀という作戦なのだろう。先崎は当然▲5五歩である。

1図以下の指し手
△6三銀▲3八玉△4二銀▲6七銀△3三銀▲5六銀△4四銀▲2八玉△5二金右▲6八金△5四歩▲同歩△同銀▲6七銀△5五歩(2図)

師匠ゆずり

 △3三銀~△4四銀は当然で、このまま手をこまねいて5筋の位をがっちり確保されてしまうと居飛車側が作戦負けになりやすい。また、これが青野君の当初からの狙いでもあったはずである。

 それに対する先崎の▲6七銀。

 5筋の力関係が2対3だから、こう引いて位の奪回を許すよりないのだが、△5五歩と打たれた2図は振り飛車側がやや損をした、と見るのが普通の序盤感覚だろう。なぜかというと、はじめから居飛車側が5筋の位を取ったのと違い、手数をかけて取った位を奪回されているので、振り飛車側がずいぶん手損をしているからである。

 このあたり、先崎は私とよく似た所がある。序盤作戦で大局をリードするというよりも、むしろ勢いを重視する。

 それによって多少序盤が雑になっても、それはそれで一つの指し方、この辺で若干不利、あるいは指しにくい云々と神経質になる必要はない、という勝負観である。

(中略)

 青野君の特長に、まじめさと共に序盤研究の熱心さがあげられる。

 対四間飛車における鷲宮定跡は彼が研究に研究を重ねたもので、それを私が対森安秀光戦に用いて棋聖位奪取、棋王位防衛などをさせてもらった。

 タイトル戦での対森安戦における勝利のほとんどは青野君の研究によるもので、ずいぶんと助けられたものである。青野君が鷺宮に住んでいたので”鷺宮定跡”という名が付けられたのだが、とにかく青野君の序盤は定評のあるところである。

 したがって、私なら△9四歩~△7三桂の方が、と思うのだけど、やはり青野君の構想の方がまさるのだろう。

 なにしろ、私の序盤もまた定評のあるところなのだから。

3図以下の指し手
▲3六歩△6五歩▲3七桂△8六歩▲同歩△6六歩▲同銀△8六角▲8八飛△7七角成▲8二飛成△6六馬(4図)

後手の銀得!!

 3図で、さして考えもせずに▲3六歩と突いているところがいかにも先崎らしい。

 対して23分で△6五歩。3時間の将棋での23分は長考の部類で、この手で△8六歩▲同歩△同角はどうだったのだろうか。以下▲8八飛に△8五歩は、すかさず▲8六角△同歩▲8三歩△同飛▲7二角で後手が悪い。

 しかし、▲8八飛に△7七角成▲8二飛成△6七馬(A図)でどうだろうか。現実に銀得なのだから居飛車側が相当に指せるはずなのだが。

 ただ、二枚飛車というのもすごい威力があるので、容易に結論は出せない。

 先崎には、二枚飛車になればなんとかなる、というような図太さがある。

 以下、本譜も二枚換えの順、後手の銀得となって4図。

 4図とA図の違いは馬の位置である。

 4図では、次に△6五桂と跳ねる手がすこぶる味がいい。といって▲7三竜では△8四角~△3九銀の筋で先手がやられそうだ。青野君がA図の順を見送って4図を選んだのも、そこに理由があるのだろう。

4図以下の指し手
▲6二飛(5図)

一瞬の返し技

 ノータイムの▲6二飛。

 この手が素晴らしい一着だった。

 この一手が今月の一局の値打ちである。

 ▲6二飛に△同金は▲同竜で王手馬取りになる。また、△6五桂と馬の方を受けるのは▲5二飛成で、これはたちまち寄り形になってしまう。

 △6三銀打と受けるのも▲6四歩△6二金▲6三歩成(B図)でやはり先手が良い。

 B図以下は△6三同銀▲6二竜△5二金▲6一竜で、後手はまた後の処置に困る。

 この▲6二飛があるのなら、後手はA図の順を選ぶべきだった。

 というよりも、この一着のユニークさをほめるべきだろう。

5図以下の指し手
△同金▲同竜△4二金▲6六竜△6五歩▲6八竜△5六歩(6図)

 先手優勢

 結局31分考えて△6二同金。

 これは全くの見落とし、あるいは軽視していた、そんなバカな、という事情を物語っている。以下▲6八竜までとなってみると、駒の損得はないものの、何しろ玉の堅さがはっきり違う。5筋6筋の位も、駒の交換のない場合には生きるけれども、こうなってしまうと、むしろ上ずっている形で味が悪い。

 青野君にしても愕然としたろう。

 というのは、二枚換えをしたところでは、「この少年は将棋を知らないのではないか、かわいそうに」と思いながら指していたのではないか?しかるに、あにはからんや相手の思うつぼにそのままはまってしまったのだから。

 おそらく6図の局面では、アホらしいやら腹立たしいやらで無心とは程遠い心理状態ではなかったか、と推察する。

(中略)

 本局は先崎のいい面ばかりが出た将棋で、掲載したのは青野君に申し訳なかったかもしれない。

 振り返ってみると、序盤は青野君の誘いに乗り、先崎が5筋の位を取り、それを後手が奪回する。居飛車側が若干得をしたかな、という局面から引き角で決めに出た。それに対する先崎は、位を奪回されても知らん顔、二枚換えを狙われても知らん顔。後手の狙い通り二枚換えになって、見事に決まったかな、という瞬間に▲6二飛の返し技。

 そうして、形勢が良くなってからは、▲7二角から陣容を立て直すいとまを与えず、薄味を嫌味嫌味とついて行って、最後は桂香を駆使しての収束と、なかなか見事な指し回しであった。

 この将棋もまた”旧人類、新人類に討ち取られる”の一局かもしれない。

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「新人類」は1979年頃から使われ始めた言葉で、1986年の新語・流行語大賞流行語部門金賞となっている。

1980年代初頭には死語になっていたものとばかり思っていたが、意外と記憶はあてにならないことを実感する。

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「先崎の将棋を見るに、まだ才能、勢い、若さに頼っているだけであって”今のうちに心を入れかえて打ち込まねばならぬのに”と感じなくもない」

「出だしは矢倉になるのかと思い、先崎の矢倉はあまり見た事がないから面白い将棋になるなと思ったが、案の上、5手目に▲6六歩と突いて中飛車になった。もちろん、この手について師匠からとやかく批評する事は一切ない」

師匠にこう言われると、とても怖い言葉に感じる。

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「このあたり、先崎は私とよく似た所がある。序盤作戦で大局をリードするというよりも、むしろ勢いを重視する。それによって多少序盤が雑になっても、それはそれで一つの指し方、この辺で若干不利、あるいは指しにくい云々と神経質になる必要はない、という勝負観である」

こちらでは、最大級に誉めている。

怖いことを言ったり誉めたりするのが米長流か。

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▲6二飛(5図)はなかなか気づきにくいが、振り飛車党にとっては嬉しい感動的な絶妙手だ。

A図の変化だった場合、どう進めるのか気になるところだが、振り飛車側が二枚飛車で攻めることができるので、なんとかなると思っておけばいいのだろう。

 

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