佐藤康光棋聖(当時)の名人戦観戦記

将棋世界2004年7月号、佐藤康光棋聖(当時)の第62期名人戦第3局〔森内俊之竜王-羽生善治名人〕観戦記「完璧な名人」より。

 二冠同士の頂上決戦となった今期名人戦。羽生名人と森内竜王。昨年からタイトル戦を戦い続けているゴールデンカードとなった。フタを開けてみると森内竜王の連勝。竜王戦、王将戦の勢いが続いている感じである。

 早い投了が話題になった第1局。羽生名人らしい潔さだがこの一局は森内竜王にとって大きい勝利と思った。

 続いて一日目から激しい将棋となった第2局。

(中略)

 連敗となった羽生名人だがここ迄特別な森内対策、大いなる自己改革といった感じはない。正に王道を悠然と進む様は一局一局、プロになって約20年の長きにわたる積み重ねによる自信を感じる。恐らくこれからも特別な変化はなく、あくまで自分の道を突き進むのであろう。その揺るぎない自信と将棋に対する姿勢は正に皆が見習うべきものであろう。

 森内竜王の充実ぶりは素晴らしい。30を過ぎて一段と強くなったと皆感じている。これは大変な事でこちらは絶え間ない自己改革の結果と見る。それだけ自分というもの、将棋というものを人一倍大事にしてきたからこそ今があるのだろう。これも又、トッププロを目指す者ならば見習うべきことである。

 そしてこの第3局。羽生名人にとってはほとんどカド番に近い。正に一つの正念場ともいえる一局でどんな将棋を見せてくれるのか。マスコミはいろいろと騒ぎ立てるが当人達にとってはそんな事はどうでも良い。誰もが畏敬の念を抱き、また夢を見る名人戦というこれ以上ない最高の舞台で二人が新たな素晴らしい歴史を作って行く。

(中略)

 再開後、森内竜王が難しい顔で考えていて羽生名人は普段通りか、と思ったが15時を過ぎた頃は逆に。そして封じ手近辺ではどちらも険しい顔になっていた。既にここで読み切ろうとしているのか。否、そうではない。一手一手時間をかけながら将棋のもつ無限の可能性を探求している。また深さに悩み感動もしている。この長考とは迷っているのではない。推考を重ねることで自分の血となり肉となっていく。今日は一枚の白い紙からどのような絵を描いていこうか。前局と違い名人戦らしいペースで進み、2図で一日目終了。17時30分、封じ手宣告を受けた森内竜王はすぐに封じた。

(以下略)

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封じ手局面の2図。このような序盤の局面で両者が険しい顔で長考を重ねるというのだから、壮絶であるとともに奥が深い。

封じ手は△5四銀だった。

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「一手一手時間をかけながら将棋のもつ無限の可能性を探求している。また深さに悩み感動もしている。この長考とは迷っているのではない。推考を重ねることで自分の血となり肉となっていく。今日は一枚の白い紙からどのような絵を描いていこうか」

名人は名人を知る。

佐藤康光棋聖(当時)の言葉が冴える。