小池重明アマ名人(当時)「どうも弱った、私のことを真剣師だと思っている人がいるからだ」

近代将棋1982年9月号、小池重明アマ名人(当時)の連載随筆「将棋と酒」より。

 どうも弱った、私のことを真剣師だと思っている人がいるからだ。将棋だけで生活しているから多分賭け将棋でもして食べているのだろう……、だから真剣師である。こんな論理であろう。私は賭け将棋は好きだし、相手に真剣を望まれて断ったことは一度もない。しかし私の方から声をかけたことはあまりない(少しはあるということか?)賭けない将棋だって大好きなのである。ようするに将棋が大好きなのだ。アマ名人になってからは、おかげさまであちらこちらから声をかけられ、呼ばれていくことがある。将棋道場は毎月定期的に3ヵ所よばれている。将棋スナックが1ヵ所、本誌の原稿、その他である。これが私の収入源である。こんな訳でありますから私のことを誤解していらっしゃる方は考えなおしていただくよう。どうしても私と真剣をなさりたい方は編集部迄ご連絡下されば折返しご返事を差し上げますから……?

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強いということが知れ渡って有名になってしまうと、真剣そのものの機会が減ってしまうもの。

あまりにも有名な真剣師だと、場が立たなくなってしまう。

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昔、職場の上司が「森君、賭け将棋をやろう」と言ってきたことがあった。

飲みに行くのはいつものことなので、たまには変わったことをしようということから、このような展開となった。

「やめたほうがいいですよ」

と言ったのだが、「いや、やろう」。

上司の初手は▲7八銀。

それを見て私は「やっぱり賭けるのはやめましょうよ」。

「いや、大丈夫だから。やろうやろう」と上司。

1局目は当然のことながら私の勝ち。

私「2局目以降は賭けるのやめましょう」

上司「いや、賭けよう。久し振りの将棋だったから今のは調子が出なかったけど、次は違うから」

2局目も当然のことながら私の勝ち。

私「3局目以降は賭けるのやめましょう」

上司「俺をそんなに弱いと思ってるわけ?続けよう」

結局、8局指して私の全勝に終わった。

上司はかなり落ち込んでいた。これは8,000円というお金の問題よりも、全敗のショックが大きかったようだ。

その8,000円で二人で飲みに行くことになるわけだが、いつも陽気な上司も、その夜は少し元気がなかった。

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後日、上司からその時の話を聞いた別の上司がやってきて、次のような話をしてくれた。

「全部勝っちゃったんだって? ダメだなあ、そういうときは少し負けてあげないと。そうすれば彼を何度もカモにすることができたのに」

なるほど、これがそのような道の極意なのかと目からウロコが落ちるような思いだった。

たしかに、二人で飲んだとはいえ8,000円を巻き上げてしまった上司からは、二度と賭け将棋の誘いはなかった。

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真剣師はこの辺りはしっかりしていて、初めてやる人には少し負けるようなこともしていたようだ。

お客さんを継続的につなぎとめておくには必要な技だ。

しかし、小池重明さんのように有名になってしまうと、このような小技も使えなくなる。

辛いところだ。