奨励会で3番目に強いと言われていた先崎学3級(当時)

近代将棋1982年7月号、片山良三さんの「駒と青春 新星ひとつ」より。

 奨励会員との練習対局にも気さくに応じ、情報にも詳しい某四段に言わせると、今奨励会(関東)で一番強いのが達、森下の両三段で、その次はなんとこれから紹介する先崎3級なんだそうである。

 先崎学君。昭和45年6月22日生まれの11歳、東西を通じての最年少である。昨年の11月の奨励会試験に最高の成績で合格、5級で入会した。以来、半年を経過したところで早くも二度の昇級を重ねて現在3級、引き続き好成績を残しているようで、たしかに「ムムッ、只者ではないな」と感じさせるものがある。茨城県水戸市の出身。

 3年前、小学3年のころから米長棋王宅の内弟子生活に入っている。奨励会の入会試験は二度失敗して、三度めの受験での入会である。若いわりに、勝負に対して辛いところを持っているのは、案外、入会試験の失敗が良い方に作用しているのだろうか。

1982年5月6日奨励会例会対局
▲3級 先崎学
△1級 斎藤一弘(香落)

(中略)

 上手斎藤1級が採用した作戦は、△6四銀型の中飛車。そして、さらに△7二飛と袖に振って玉頭での乱戦に持ち込む腹づもりだ。

 先崎3級の対抗策はといえば、それが実に素直そのもの。ただ、1図を見ると、少し素直に指し過ぎた感じがあり、1筋が甘くなってしまったように思う。もっと前に1筋の仕掛けを工夫すべきだったろう。もっとも、そんな細かいことにこだわらずに指しているところに、先崎3級の将棋の大きさがあるのかもしれないが……。

1図以下の指し手
▲6六歩△3二金▲3六歩△4三金▲4六歩△9二香▲6七銀△7五歩▲同歩△同銀(2図)

 ▲6六歩は、「玉頭で強く戦うぞ」の構えで妥当だ。ここで▲1四歩△同歩▲同香と行く手は、△7五歩とされて香を渡すと味が悪いだけに指し切れない。

 ただ、続く▲3六歩、▲4六歩は急ぐ必要のない手で疑問だった。ここは▲6七金から▲7七銀とすべきで、これなら後に▲6五歩(△同銀なら▲1四歩から歩を持って▲6六歩がある)から▲6六銀左(右もある)と厚みを築いて、あとの手に困らない。

 △9二香は、穴熊に組みかえようというもので、この型の上手の常套手段。これにあわてたか先崎3級が指したのは▲6七銀というとんでもない手。斎藤1級に機敏に△7五歩と動かれて、早くもピンチに立った。

2図以下の指し手
▲6五歩△9一玉▲6八金直△6四銀▲7七桂△7五銀▲6六銀右△同銀▲同銀△4五歩▲5五歩△7六歩(3図)

 このままでは△6六銀とされて歩損してしまう。といって▲7七歩と弱気にでると、上手から△9一玉~△8四歩~△8五歩~△8二飛とされて参ってしまう。

 ▲6五歩が最強の応手だ。玉頭戦はひるんだ方が負けとばかりに、先崎3級の強気の手が目立つ。特に▲7七桂という手は、まさに師匠譲りの気合いの良さが感じられる。

(中略)

3図以下の指し手
▲8五桂△8四歩▲8三銀△4二飛▲7三桂成△同桂▲7四歩△6二金▲6七金右△4六歩▲7六金△4七歩成▲7五銀(4図)

 ▲8五桂といったんは逃げて、△8四歩を誘って(△4六歩の方が良かったようだ)▲8三銀と打ち込み、△4二飛に▲7三桂成がちょっと気付きにくい成り捨てだった。△同桂と呼んでおいて▲7四歩。一瞬のうちに上手陣は気持ちの悪い恰好にさせられてしまった。

 ▲6七金右から▲7六金と歩をはらい、さらに▲7五銀と圧力をかけて4図。4筋にと金を作らせたものの、玉頭に築いた勢力が絶大で、上手が勝てない局面になっている。先崎少年の非凡な大局観が指し手に活き活きと現れている場面だ。

4図以下の指し手
△6五桂▲同金△7六桂▲9六桂△8二銀▲8四銀△7二歩▲6六角△6八桂成▲同飛△5三金寄▲8五桂(5図)

 ▲9六桂では、すぐに▲8四銀の方がわかりやすかった。△8八桂成▲同玉△3九角と来ても▲7五桂でガッチリ勝てる。△8二銀とされ、8四に銀が進まざるを得ないようでは▲9六桂が甘い駒になったと言える。

 しかし、上手も甘い手でお付き合いをしてしまう。△5三金寄がその手で、すかさず▲8五桂と詰めろに打たれて(▲9二銀成△同玉▲9三銀成以下)シビレてしまった。△5三金寄では届かぬながらも、△5七銀とカラんでおくところだったか。

5図以下の指し手
△8一玉▲4三歩△1二飛▲7五角△6四歩▲同金

(中略)

 △8一玉の早逃げに▲4三歩が痛烈な利かし。△同飛なら▲7三歩成で容易な必至がかかる。しかし、これを△1二飛と逃げざるを得ないのでは勝負ここであった。前譜の△5三金寄がなんの意味もない手になってしまった。

 以下は危なげのない先崎3級の寄せを待って終局となった。

(中略)

 本局、敗れた斎藤1級としては不満の残る内容だったろうが、先崎3級の力強い駒さばきが印象的な好局と思う。序盤の雑なところも、逆に、伸びる余地十分と感じるのは、私の思い込みだろうか。天性の勝負勘を持つ、楽しみな少年である。

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11歳(小学6年)で奨励会3級なのだから凄い。

藤井聡太七段が奨励会3級になったのは10歳(小学5年)の時なので、同じようなスピード感だ。

この年の12月に、先崎学3級(当時)と同じ学年の羽生善治少年、森内俊之少年、郷田真隆少年、一学年上の佐藤康光少年が奨励会に入ってくる。

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3図から4図にかけての玉頭の厚みの作り方に唸らされる。小学生とは思えないようなベテランの味の指し回し。

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序盤が雑でも中・終盤が滅法強いというのは、奨励会時代の羽生善治竜王も同じ傾向。

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将棋の神様が現れて、「序盤、中盤、終盤の三つのうち二つだけ強くしてやる。どの組み合わせを希望するか?」と聞かれるようなことがあったら、迷わず「中盤と終盤」と答えておくのが良さそうだ。