大山康晴十五世名人「ずいぶん方々へ旅するけど、自由で気儘な旅をしたことがないね。気のおけない棋士仲間で一年に二度か三度旅をしたいね。何かいい案を考えてよ」

近代将棋1995年1月号、広津久雄九段の「亥年会の誕生」より。

 『亥年会』。実に楽しい会だった。二十数年経った今でも懐かしく思い出される。

 あれは、昭和四十六年八月九日、福岡県の二日市温泉(大丸別荘)で第十二期王位戦が行われた時のことである。

 対局者は大山康晴王位に中原誠棋聖(挑戦者)で、立会人は正が大野源一八段、副が広津久雄八段。大丸別荘の庭園の記念写真には、扇子を握っている四人の姿が四十七年度版の将棋年鑑のグラビアにある。

 その日の夕食の時だった。

 大山さんが「ずいぶん方々へ旅するけど、自由で気儘な旅をしたことがないね。どう、広津さん、気のおけない棋士仲間で一年に二度か三度旅をしたいね。何かいい案を考えてよ」と言い出した。

 大山さんは、気易く「仲のいい棋士仲間で」と言ったが、「勝った」「負けた」と過している棋士たちだけに、上辺はともかく心底から仲のいいと思える者はいない。

「仲々難しいね、でも、きょうここにいる四人は干支が亥年だから賛成してくれると思うけど、あと二、三人集まるといいんだけど」

「原田さんと加藤(博)さんはわれわれと同じ大正十二年生まれだったよね。広津さんから二人に話してくれない。そういえば有吉も 昭和十年生まれの亥年だった。有吉には自分から話をするよ」

 これで亥年会のメンバーが決まり、会長には明治四十四年生まれの大野源一、会員は大正十二年生まれの(生まれ順)広津久雄、原田泰夫、大山康晴、加藤博二、昭和十年生まれの有吉道夫、二十二年生まれの中原誠の七人。

 調べると亥年生まれは多い。あんまり多くなるといろいろ煩わしくなるだろうということから、会員の資格を八段以上とし、会費は(雑費も含め)割り勘、そして自分勝手な言動はつつしみ、幹事は旅行先によって決めるとし、主として大山と広津が担当と決まった。

 亥年会の結成には慎重を期した。どうせ知れ渡ることだから隠す必要はないのだが、大野さんは関西の実力者だし、大山さんは並らぶ者もいない不世出の名人で、原田さんは長く会長職を務め、加藤さんも長く理事を務め誠実の人といわれており、有吉さんは関西若手棋士の筆頭であり、中原さんは次期名人の呼び声が高く、私は現職の専務理事だったので、いらざる臆測が飛びかうことを懸念したからである。

 或る中堅棋士は、「中原潰しの陰謀じゃあないんですか」と言っていたが、見当違いもはなはだしい。

 亥年会のメンバーは、中原を次期名人候補として気を遣い、あのマージャン好きな大山さんも、自分の方から「マージャンを」と誘ったこともないし。皆んなと一緒に酒を飲み歌を唱っていた。

 第一回目の亥年回は、東・西から集りいいようにと西浦の銀波荘で行った。銀波荘のオカミさんが有吉さんと同年の亥年というので、急遽準会員として参加してもらった。

 長野県の諏訪湖へ行った時は、「地元だから」と加藤さんがホテルその他の設営をしてくれた。その時は、マージャンの出来ない原田さんが「広津さん後ろから教えてよ」とマージャンの仲間に入った。書き落とすところだったが、大野さんより一まわり年長の三谷水平さん(毎日新聞社の将棋担当)が参加し、「楽しい会ですね」と言っていた。

「一ぺん猪を食べて見ようか」という話になり、甲府の隣の石和へ行った。料理屋の軒先にぶら下げてある猪を、口をあけ、皆んなで見上げている写真が翌朝の山梨日日新聞に掲載されていたこともある。

 サンケイの文化部長に誘われ(私と同年の亥年)、淡路島へ行ったことがある。その日は風が強く、連絡船が揺れに揺れ、あの気の強い大野さんが「おい、大山、広津、大丈夫か」と、色黒の顔を黄色くしていた。そこへ「広津さん食べない、上でオハギを売っていたよ」と大山さんが、オハギを持って来た。「うまそうだね」と二人で食べだすと、「このバカ、殺すぞ」と、大野さんが本気で怒り出した。「バカ、殺すぞ」と言うのは大野さんの口癖だが、その時ばかりは本気のようだった。

 楽しくて愉快な亥年会だった。しかし数年後、将棋会館の建て直しが始まり、名人戦問題などでいつの間にか亥年会は解散になってしまった。

「また、そのうちに」と、大山さんは言っていたが、それぞれ多忙になり、亥年会の再編はならなかった。

 猪突猛進というが、動物記によると、猪は実に用心深い動物だそうである。今年の干支は亥年。猪のように、慎重に、用心深く過したいと考えている。

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十五世名人と十六世名人をはじめ、強力な棋士が揃った亥年会。

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大山康晴十五世名人が「ずいぶん方々へ旅するけど、自由で気儘な旅をしたことがないね。どう、広津さん、気のおけない棋士仲間で一年に二度か三度旅をしたいね。何かいい案を考えてよ」と言った第12期王位戦七番勝負第2局、この時は別の出来事もあった。

タイトル戦対局開始寸前に起こった珍事

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船酔いをしそうな船上でおはぎを食べるとは凄い。

おはぎを船上で売っていることも驚きだ。

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現在の亥年生まれの棋士は次の通り。

(1935年生まれ)
木村義徳九段
有吉道夫九段
(1947年生まれ)
田中魁秀九段
石田和雄九段
森安正幸七段
中原誠十六世名人
桐山清澄九段
(1959年生まれ)
神吉宏充七段
大野八一雄七段
室岡克彦七段
福崎文吾九段
(1971年生まれ)
増田裕司六段
郷田真隆九段
近藤正和六段
山本真也六段
松本佳介六段
高群佐知子女流四段
大庭美樹女流初段
(1983年生まれ)
橋本崇載八段
甲斐智美女流五段
(1995年生まれ)
青嶋未来五段
佐々木大地四段
梶浦宏孝四段
古森悠太四段
北村桂香女流初段
長谷川優貴女流二段

2019年将棋ペンクラブ年間スケジュール

あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。

元旦の今日は、将棋ペンクラブの今年の予定をお知らせ致します(それぞれの予定は1~2週間ほど変更になる場合があります)。

1月19日(土) 新年会(会長、幹事、最終選考委員など)

3月16日(土) 会報(春号)発送

4月21日(日) 東北交流会

5月上旬  将棋ペンクラブ大賞一次選考会

5月~6月 関東交流会

※東京・将棋会館の貸室利用について予約が3ヵ月前からとなりましたので、日程が確定次第ご案内いたします。

6月15日(土)または22日(土) 将棋ペンクラブ大賞二次選考会および会報(夏号)発送

7月20日(土) 将棋ペンクラブ大賞最終選考会

9月7日(土) 会報(秋号)発送

9月20日(金) 将棋ペンクラブ大賞贈呈式

12月14日(土) 会報(冬号)発送