一昨日の大内延介九段の記事で引用した、東公平さんの「名人は幻を見た」より、加藤一二三九段のエピソードを。
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加藤一二三九段は敬虔なカトリック信者である。地方の対局に出掛ける時には、必ず近くに教会があるかどうかを調べて行く。
中原との名人戦の時に、二日目の夜、終盤戦の最中に庭先へ出てお祈りをし、聖歌を歌っているのを見たことがあったが、宗教に関する話はあまり観戦記に書かないようにしている。
(中略)
名人になった後、ローマ法王(正確には教皇)のヨハネ・パウロ二世から、聖シルベストロ騎士勲章を授与された。それが話題になった時に加藤は「騎士勲章というくらいですから、バチカンに一朝事ある時には、私も馬に乗って駆けつけなくてはなりません」と言って大いに笑った。
対局の時はほとんど口をきかず、気難しそうに見えるけれど、決してそうではない。棋士特有の頑固さは持っているが、普段は冗談や駄じゃれの好きな、至って明るい人である。
原田泰夫九段が本に書いていた話。
あるタイトル戦の関西対局の時の帰り道に、同行した立会人の原田が、新幹線の車中で急に腹痛を起こした。加藤は鞄の中から水の入ったビンを取り出して「これは聖水ですから、お飲みになればすぐに治ります」と言った。
東京駅に着くと加藤は「お宅までご一緒に」と、親切に大先輩を阿佐ヶ谷の自宅まで送って行ったという。
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聖水は、司教や司祭の祈りにより聖別された特別な水で、教会堂の入口に置かれることが多い。
聖水は儀式にも用いられるので、加藤一二三九段はお祈りなどのために、常に聖水を持ち歩いていたのかもしれない。