15歳の糸谷哲郎二段、そして、その後のドラマ。
近代将棋2004年5月号、故・池崎和記さんの「関西つれづれ日記」より。
棋王戦第3局(谷川浩司王位-丸山忠久棋王戦)を見に広島へ。高知市での第1局は新聞の観戦記を担当したが、今回はプライベートな観戦旅行。
本誌の相崎記者が取材に来ていたので、ここでは終盤のハプニングだけを書いておこう。
第6図。実戦はここから▲4四桂△同飛▲6二と△同玉(中略)▲5五金まで、谷川王位の勝ちとなったが、▲6二とでは▲5三香成△同玉▲6五桂以下の詰みがあることが感想戦でわかった。
両対局者が発見したのではない。感想戦を見ていた上川香織女流初段(=現・松尾香織女流初段、大盤解説会で聞き手を務めた)に「解説会では▲5三香成で詰みと話してました。指摘したのは(会場に来ていた)広島の奨励会員です」と言われ、一同「えっ?」となったのだ。
「広島の奨励会員」というのは、関西奨励会の糸谷哲郎二段(森信雄六段門下、15歳)のこと。▲5三香成はウッカリしやすいが、確かに詰むので、本譜の▲6二とが伝えられたとき、解説会場は騒然となったとか。まさか谷川王位がこの詰みを逃がすとは…というわけ。
実はもう一つ意外なことがあった。感想戦で谷川さんが「▲7四金に△5四玉なら大変と思っていた」と言ったのだ。これは要するに、本譜の順で勝ちを読み切っていたわけではない、ということではないか。
(中略)
感想戦が終わってから僕は記録係の葉秀明初段(畠山鎮六段門下)に「詰みを気づいてた?」と聞いた。
「ええ……。棋譜をコピーしにいくときに気づきました」
「そうだったの。なぜ感想戦ですぐそう言わなかったの」
「えっ、言って良かったんですか」
「もちろん。そうでないと観戦記に間違った情報が載るじゃない」
「あ、そうですね」
「疑問点があったら何でも聞いていいんだよ。記録係の特権でね。対局者もちゃんと答えてくれるから」
「はい、これからそうします」
というわけで記録係も詰みに気づいていたのだが、ただ葉君はひどく悔しがっていた。
「糸谷君は対局中に発見したんでしょう。僕は対局が終わってから気づいたから意味ないです」
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糸谷哲郎二段の才能、葉秀明初段の無念、池崎さんの優しさ、全てがこの短い文章に凝縮されている。