ザ・王将戦(大山王将の二上八段向け盤外作戦)

近代将棋2001年2月号、元毎日新聞記者の故・井口昭夫さんが王将戦の歴史を綴った「ザ・王将戦」より。

(ここまで大山康晴王将は5期連続、通算8期、王将位を守ってきた)

 そんな大山も敗れる日がきた。昭和38年1月に始まった第12期王将戦で、二上達也八段は4-2で見事、タイトルを奪った。このとき大山は全タイトルを持つ五冠王であった。

 翌年、王将位を取り返した大山はその後、連続9期保持し、通算17期に輝いた。「あれは惜しかったな。取られてなければ随分つづいたのに」と、後年大山は私に悔やんでみせた。

 大山は前夜祭などで、興が乗ると軍歌を歌った。二上とのタイトル戦では「起つやたちまち撃滅の」を始める。

 あるとき立会いの渡辺東一名誉会長が「大山さん、それだけはやめてくれないかな」と笑いながら抗議した。渡辺は二上の師匠であり「達也たちまち撃滅の」では、弟子がかわいそうというわけだ。

 平成12年5月、日本経済新聞の「私の履歴書」で二上は「タイトル獲得の瞬間は、よく覚えていない。事前に想像していたような感激はわいてこなかった。新聞社や雑誌社などのカメラのフラッシュを浴びながら、私はただぼんやりしていた」と振り返っている。

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「起つやたちまち撃滅の」で始まる軍歌とは「大東亜決戦の歌」。

1942年3月にコロムビアレコードとビクターレコードから発売された軍歌で、東京日日新聞、大阪毎日新聞が募集した懸賞歌だという。

東京日日新聞は毎日新聞の前身なので、王将戦で歌うにはピッタリな軍歌ということになるのかもしれない。

それにしても、対二上達也八段(当時)戦用として、見事な歌詞の歌があったものである。

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2009年の記事(大山十五世名人のステーキ)で紹介しているが、二上達也九段は「達也たちまち撃滅の」以外にも、大山名人から複合技の盤外作戦を受けている。

将棋ペンクラブ会報2007年春号、高田宏会長(当時)との対談より。

二上 その半面で、大山さんには酷い目にあったんです。

高田 大山さんとのタイトル戦をなんと20回も戦っておられるんですね。これもすごいことだと思いますが。

二上 大山さんとは最初は対戦成績良かったんですよ。でも途中から、こいつには油断できないと思ったんでしょうね。だから、ことさら私とやるときは力を入れてきました。心理的なもので、私の弱点に対するコツを読み取られてしまったんですよね。前の日の麻雀で、相手がやろうといえば私も逃げないほうですから。ところが、前の日の麻雀の結果が将棋に影響するんですね。

私の師匠の渡辺東一先生(元・連盟会長、立会人をする機会が多かった)は麻雀が好きだけど弱いんですが、大山さんが麻雀に引っ張り込んで、当然大山さんが勝って渡辺先生が負けます。ところが大山さんはお金を取らないんですね。私が払うわけではないのですが、何となく引け目を感じてしまうんですね。

高田 でも最初のうちはそうでもなくて、大山さんからタイトルを奪取されたのは割と早い時期だったんですね。対大山タイトル戦の2回目くらいですか。

二上 はい。内容的にもずっといいんですよね。番勝負でもはじめ2局くらい続けて勝つんです。こっちも甘いのかなあ、もうこれはいただきと思ってしまうんですね。ところがどっこい…

高田 そうか、2連勝4連敗というのがいくつかあるんですね。

二上 精神的な弱点をつかまれてしまったんですね。それから、大山さんは健啖家ですし、私は酒飲みで、酒を飲んで休むというのが私のペースなのですが、大山さんが「あなたは飲めるんだから飲みなさい」と言って酒をどんどん注いでくれるんです。しかも大山さんは、夕食が済んだのにステーキを注文して目の前でどんどん食べるんです。見ているだけで嫌になってしまうんですね。

高田 それはちょっとこたえますよね。

二上 こっちはマイペースで酒を飲みたいのに後半はマイペースじゃなくなっちゃうんですよ。

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「あなた飲めるんだから飲みなさい」、、何度聞いても酒飲みにとってはすごい殺し文句だ、というかついつい嬉しくなってしまう言葉だ。