若島正さんの一手詰

月刊宝石2002年10月号、湯川恵子さんの「将棋・ワンダーランド」より。

 若島さんは、いくつ解答があるかわからないあの、知恵の輪みたいな人だ。

 将棋のおかげで知り合って、全国赤旗名人や読売アマ日本一戦(現アマ竜王戦)準優勝が私の知る最初の肩書きだったし観戦記者でもあった。

 夫が初めて我が家に連れてきたとき聞いた職業は夜間高校の数学教師。京都大学で数学を学んだ人が、「通分ができない」生徒達との関わりを涼しげな目でおもしろそうに話していた。 次に来た時は分厚い英語の辞書を持っていた。大学院で英米文学をやるという。答えの出ない世界がありそうだから、と。いつかの置き土産はパズル雑誌。洋画の題名で解く巨大なスケルトンがすべて回答済みだった。活字でプリントしたような几帳面な筆跡は、結婚後「嫁さんが孕みまして」なんてハガキでもちっとも崩れない。

 ご当人がお気に入りの肩書きは詰棋作家だった。ある受賞作は超難解な中合い作。空中に角を合い駒したりする。

 図は1手詰み作品。若島さんの作品集「盤上のファンタジア」の第1番。

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 本当にたった1手詰み。挑戦してみてください。著書「盤上のファンタジア」は詰め将棋の世界を語ったものだが子供の頃に別れたお父さんのことが底流になっている。ユーモアに隠れて滋味ある文体だ。ちなみに演歌を歌ってもとても巧いですよ。

 外国のプロブレム(詰めチェス)専門誌の解答王として名が載ったのは東洋人で初めてだ。いまやマスターの称号を持つ世界的なプロブレム作家でもあり日本チェスプロブレム協会創設者、今その21号めの機関紙を作っている編集長でもある。

 で、先日受賞したのはなんと本格ミステリー大賞。

 数年前に出た「乱視読者の冒険」は海外の小説を紹介した評論集だが、構成におしゃれな仕掛けが潜んでいる一冊だった。その続編「乱視読者の帰還」が本格ミステリー作家クラブの、評論研究部門の大賞を受賞したのだ。ナボコフからクリスティまで400ページを越える大冊。これものっけから知的な遊びを楽しませてくれる。

 その授賞式にこの欄の編集者オグチ氏も列席したそうだ。彼にとって受賞者は偶然、恩師。本業かどうか、世間的には若島さんの肩書きは現在、京大大学院の教授なのです。

 1手詰み、解けましたか?

▲3七香は不正解。よくみれば図の直前に後手玉が動いたはずがなく、理論的にこれは後手番だから正解は△2八金!

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上図の詰将棋は一見すると▲3七香までの詰みだが、後手△2八金(銀)が正解。

詰将棋はすべて先手番ということになっているが、論理的には、後手が指した後だから、先手が指す番ということ。

ところが上図の局面はどう考えても後手が何かをやった形跡がない。(玉が3七、3六、2八、1七、1八、どこからも動いてこれない)

そういうわけで先手が指した直後に違いないから、ここでは後手番という理屈になる。

詰チェスではレトロと呼ばれる逆算ものだという。

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若島正さんは60歳になった今年、10年続いている「詰将棋解答選手権」の実行委員長を降りた。

「10回でちょうど60歳。かわいい娘のようなもので、いつかは嫁にやらなくてはいけないと思っていました」 と若島さんは語っている。

「詰将棋解答選手権」の歴史と功績(NHKテキストVIEW)

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若島さんの記事を探しているうちに、NHK出版が「NHKテキストVIEW」を始めていることを知った。

NHKテキストビューは、料理や健康、語学、趣味などのNHKテキストの記事を抜粋して紹介している情報サイト。

もちろん、将棋講座のページもある。

NHK将棋講座

非常に素晴らしい企画だと思う。

あくまでタイジェストなので、その記事の本当の面白さを体感するには、NHK将棋講座をお買い求め下さい。

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若島正さんは京都大学理学部数学科を卒業した後、京都大学文学部英文科および大学院文学研究科修士課程を卒業している。

同じような雰囲気の経歴を持つ人がもう一人いる。

俳優の故・成田三樹夫さんだ。

成田三樹夫さんは、東京大学理学部を1年で中退し、山形大学人文学部英文科に入学(3年生の時に中退))している。

成田三樹夫さんも将棋が大好きだった。

盤上のファンタジア 盤上のファンタジア
価格:¥ 1,575(税込)
発売日:2001-07