将棋世界1995年2月号、神吉宏充五段(当時)の「今月の眼 関西」より。
最近、関西にパワーがなくなっているように感じる。何故か…答は簡単、関西を引っ張っていた二人の牽引車、竜虎に元気がないからだ。
その昔いやほんの少し前だ。谷川・南と言えば常にタイトル戦に顔を出し、段位で呼ばれるよりタイトル名で呼ばれるのが当たり前の、まさに棋界の「顔」だった。それが今では七大タイトルの一つのみを保有するにと止まっている。
原因はいろいろ考えられるだろうが、やはり関東に”あの男”が現れたのが大きいだろう。本当に1994年度は彼の独壇場だった。冠するところ実に6つ、残るは関西最後の牙城・王将のみである。この男、もちろん羽生のことだが、彼のことを私は史上最強・最高のヒール、ひいては救世主になれる男だと思っている。
名人をヒールって言ってしまうと語弊があると困るのだが、イメージ的に圧倒的な強さを持つものに対してどうしてもそんなことを感じてしまうのである。スターウォーズというSFの名作がある。宇宙の全支配をもくろむ帝国軍が、その武力にものをいわせて次から次へと星を占領し、支配下に収める。わずかな反乱軍は、なんとか仲間たちの結束を図り反撃をしようと試みるが、圧倒的な力の前に苦戦の連続…。どうです?これって今の将棋界のイメージに合いませんか。
だからこそ思うのだが、いっそのこと羽生ダースベイダーが全てのタイトルを掌握し、それを反乱軍の生き残った仲間が一つずつ反撃して行くって構図はどうだろう。反乱軍のリーダーは谷川王将。それに佐藤(康)前竜王、南九段と続き、タイトルを奪還して行く。そこへ帝国軍にも強力な助っ人が現れる。昨日まで羽生帝国の敵だった男が反乱軍潰しに乗り出すのである。その名は村山聖。無精髭をさすりながら、いとも簡単に反乱軍を殲滅して行く。「くそう、裏切ったな」と言ってももう遅い。そんな危機を見かねて重い腰を上げたのが中原大王。さあ、そこから二つの勢力がぶつかり合い、凄絶な激闘を繰り広げるのであった。
こんな初夢みたいな物語が出来れば、世間も将棋に関心が向くだろう。そして戦後最大の将棋ブームが到来…こうなれば本当に羽生メシアのお陰である。とにかく最大のヒールがいてこそ勝負事は盛り上がるのだ。頑張れ帝国軍、頑張れ反乱軍!
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羽生善治六冠が誕生した直後の頃の記事。
村山聖七段(当時)が羽生帝国軍に寝返って反乱軍を次々と殲滅していくというシナリオが、何か不思議だが、とても面白い。
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現代にこの図式を当てはめてみると、帝国軍が羽生善治名人、森内俊之竜王をはじめとする羽生世代、昨年竜王共和国を帝国軍に奪い返された反乱軍が渡辺明二冠ということになるのだろうか。
現在、木村反乱軍と豊島反乱軍が帝国軍に立ち向かっているが、同じ反乱軍と言っても、将棋はスター・ウォーズとは違うので、反乱軍同士の戦いもある。
現在フォーム切替中の渡辺明二冠で、映画でいえばエピソード5「帝国の逆襲」に近い状況かもしれないが、渡辺明二冠が主人公のスターウォーズとして、これからのタイトル戦や各棋戦を見ていくのも面白いと思う。