大山康晴十五世名人へのインタビュー

昨日に引き続き、湯川博士さんの「なぜか将棋人生」の『南紀・将棋の旅』同行記より、1985年当時の大山康晴十五世名人へのインタビュー。

大山名人が、驚くほど率直かつ大胆に思いを語っている貴重な資料だ。

よく、ここまで聞き出せたと思う。

(湯川博士さんのご厚意により、インタビュー部分のほとんどを掲載させていただきます)

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名古屋からの帰り、新幹線の中で、大山十五世名人に旅の感想と、棋界のお話を伺った。

―旅にはよく行かれるようですが、お好きですか。

「好きなように見えますが、好きではないですね。好きより慣れですね。この旅は皆さんが喜んでくださるので続いています」

―特にどんなことに気を使いますか。

「常に一番早く着いてお客さんを待つ。それから特に誰かと親しくするというのも駄目です。平等に接しないと。こういうちょっとしたことが大事ですね。オレはプロなんだからと思っちゃ駄目です。他の棋士も旅行をやっているようですが、この値段でこの人数で続くゆうことは、よほどサービス精神がないとできないですよ。お客さんの方もだいたい腹づもりで計算してわかってらっしゃると思います」

―ところでプロ棋界は、大山-中原と来て、今は戦国時代ですが、この先はどうなるんでしょうか。

「私の経験から言うんですが、人間40から45歳くらいまでは、どんな人でも一度は最盛期がある。でも続くけて行くのが難しい。今は米長、中原、谷川が争っています。加藤一二三さんはちょっと峠に来てます。米長、中原は今のままであと四、五年は持つでしょうから、谷川君はここ四、五年が大変。だからそれを乗り切ると谷川時代につながるでしょう」

―中原さんの不調をどう見ていますか。

「あの歳での不調はふがいないですね。四十過ぎてからならしょうがないですけど」

―大山先生の本で、不調の時、身辺を整理して乗り切ったと書かれていましたね。

「不調の時に身辺整理なんてできるもんじゃない。不調の原因なんて本人がわかるわけない。わかってれば直せます。実際不調の時は何をしていいかわからない。立ち直って何年かしてみて、ああそうかとわかるもんですよ」

―本ではお手伝いさんにひまをとらせたとか、交際をカットしたとか。

「それは文章を書くテクニックのことでして、面白くするためにいろいろ書くだけです。本人が書いているわけじゃないですから、あれは。中原さんはどうして不調か、わかってないはずですよ。私は中原さんに立ち直ってほしいですね」

―どうすればいいと思いますか。

「もし、私が中原さんのマネージャーなら、ゴルフをやめさせますね。やっぱりそれやっちゃ駄目です。私自身は五十までやりませんでした」

―ゴルフは年とってやるもの?

「本業が駄目になってからやるもんですよ。峠に来てからね。これから伸びる人は本業に近い趣味がいい。本業とまったく違う感覚のものをやっていると、いつかは影響が出てきます。麻雀とか碁は、室内でジッと動かず、周囲と相手の状況察しながら方針を決断する。こういう所が似ています。ところがゴルフは逆に気分転換、ストレス解消になる。気分が良くなっちゃう。あまり気分がいいというのも、どうですか…」

―でも中原さんはゴルフに凝ってるほどじゃないようですよ。

「凝ってなくても一回行っても駄目ですよ。そういうもんです。自覚を持たなきゃ。あの、中原さんが二番で良けりゃいいんです、何をやっても。でも一番ゆうことになると、それぐらいの違いがなけりゃね。ですからまずゴルフをやめさせて、それから様子見てまた手を打ちますね、私なら」

―先生はゴルフをやらないとなると、どうやってストレスを解消されてたんですか。

「別にそんなことしないもの。そんなことやらなくても耐えていくようじゃないとネ。まあそういう所が一番を続けていく人の苦しみなんです。一番ゆうても三年や五年ならちょっと強けりゃできますよ、そりゃ」

―そう言えば、以前に内藤先生に伺った時に、私はお酒でずいぶん損をしましたと、おっしゃってました。

「内藤さんは一番の人じゃない。あの人は何やっても構わないと思いますよ。私が言ってるのは一番を続ける人のことですから」

―先生は各界の一流の方ともおつきあいがおありでしょうが、一流の人は、やはりどこか違うものですか。

「あの、活字になった部分や言った部分で判断できないんですね。政界でも財界でもトップの人は、表に出して本当のことは言いませんよ。だから、こちたが汲み取って行かないと、本当の所はわかりません。見える部分だけで、あの人はこういう人だゆうんじゃ駄目ですよ」

―今、米長全盛期(四冠王)ですが?

「そういう意味では米長さんも気をつけないとネ。疲れが出ますから。まあ、あと三年位なら今のままでいいでしょう。中原さんは今のままでいいなら、ずっと行くでしょうけど…」

―谷川名人はいかがでしょう。

「彼は真面目な青年だし節制もしているようだから不安はないけど、健康と好き嫌い。これは直さないといけない。トップになろうと思ったら、なんでもこなす。それが将棋に影響する。あれが嫌い、これができない、車が嫌いゆうのは駄目ですネ。生活周辺のこと、すべて将棋の盤上にでてきます。盤上のことだけだったら、誰にでも真似できます。人のできないことしないと一番になれないゆうことです」

(中略)

大山名人は実に明快に答えてくださった。全盛期にはあまりはっきり論評されない方という印象があったが、近頃は小気味いい発言をされる。また、病気でやせたせいか、昔の精力的な風貌が消え、ふつうの人に戻ってきたようにも見えた。

でも、いろいろお話を伺うにつけ、思った。一位を長く続けてきた人は、その人だけの言葉を持っている。”言葉の重さ”を感じたのは久々で、実に充実した時間であった。

追記

このインタビュー後、中原は谷川から名人を奪い、他のタイトルも次々に獲って、見事に復活を果した。噂では、大山発言に対して、「私には私の行き方がある」と言ったとか。そして病気で一年休場した大山は、誰もが予想しなかった名人挑戦者になって、中原と七番勝負を戦った。一番になった人の凄さを思い知らされた出来事だった。