大山康晴十五世名人「勝負師は勝てばなんとでもいえるんだよ」

将棋世界2004年2月号、鈴木輝彦七段(当時)の「古くて新しいもの」より。

 棋士の方々との対談を終わって、心残りなことがあった。それは、故人の方との対談である。不謹慎なことかもしれないが、既に作家の井上ひさしさんが名対談を出している(「やあ おげんきですか」集英社文庫)。

 初代の大橋宗桂でもよし、天野宗歩でも面白そうだ。だがしかし、これをするには膨大な知識とユーモア等が必要だろう。いつの日にか、棋界の書き手の方にやってもらいたい仕事だ。

 私の場合は、最終回に大山康晴十五世名人をお招きしたかった。もちろん、パロディーではあるが、存命中に伺った本音や語りたかったであろう真意を組み合わせながら将棋界の姿を浮かび上がらせるのだ。たとえば…。

鈴木「本日は向こうでも忙しい所をレストラン『アラスカ』までありがとうございます」

大山「鈴木さん久し振りだね。この手帳を見てよ、予定が書き切れなくて連盟の地下の『歩』に行っちゃったの(笑)。あそこでは撮影用に大盛りのご飯を全部食べておなかを壊したことがあったね(笑)。ここなら安心です」

鈴木「毎日新聞社の上ですから、ここなら先生が喜ぶと思いまして(笑)。それから『歩』はもうありません」

大山「嬉しいね。連盟だと知らない若手も多いからね。でどうなの。ガミさんは元気?」

鈴木「二上先生は今年勇退されました。大山先生の残されたものを大切にして皆で頑張ってます」

大山「多少苦しくなったって、戦前戦後のことを考えれば天国ですよ。あ、これは原田さんの口癖だった(笑)。将棋で食べていけるだけで幸せなんだから」

 と、こんな風に続けるのだが。

 大山先生には、何度かお話を聴く機会があった。北海道のデパートの将棋まつりの空き時間やパーティーでお一人で居る時だったりした。めったにないので、一番訊きたいことを伺った気がしている。他の人が遠慮して訊かないことも質問するので、正直に話して下さったと思う。

 ある時は有名な高野山の決戦について「あのトン死がなかったら大山18期、升田2期の名人位は変わってましたか」「米長が将棋世界に書いてたね。あの時は塚田さんに挑戦して取れなかったしね。大勢に影響はなかったでしょう」と言われた。この話を米長先生にすると「大山さんも歳を取ったね」と笑っていたのも懐かしい。

 一番凄いと思ったのは、題にもした本音の部分である。60代も後半の頃に、「思い出の将棋は」の記者の質問に「木村名人から名人を取った一局と桐山さんとのA級順位戦」と答えており、「先生あれは本当ですか」と私は訊いた。

  対桐山戦は負けた方がA級を陥落するという大一番で、それは大きいと思ったが、棋士人生50年を振り返ってとなれば、高野山であり名人を失冠した一番であり、四段に上がった一局でもいい、と思えたからだ。それが、直近のA級順位戦というのが腑に落ちなかったのだ。

 先生は「いやそうなんだ」と確認するように語った。過去はどうあれ、負ければ引退、の重圧は余人には測りしれないものがあったのだろう。このことは、人間大山康晴を語る上で逃してはいけない急所のような気がしている。

 この時は続けて「『落ちるのではなく、B1から上がる一番のつもりで指した』は凄いですね。よくそんな気持ちになれましたね」と対局数日後のインタビューの話をした。

 ここからが本題で、「鈴木さん、勝負師は勝てばなんとでもいえるんだよ」と言った顔には、いつもの笑顔はなかった。幾度も大きな勝負を潜り抜けてきた勝負師のこれが「本音」なのだと思い知らされた。

 勝って答えるのは、対戦相手に気遣う場合もあるだろうし、インタビュアーが待ち望んでいる返事を言うこともあるだろう。何より、勝って嬉しく本音を言う必要もない。裏返せば、負けた時に何も言えず、好きな様に言われるのが嫌で闘志を燃やしてきたとも思えてくる。

 「棋士それぞれの地平」の時も、本音は敗者の方にあると感じてきた。勝者にはやさしさや想いやりといった余裕が既に本音ではなくなっている部分があるからだ。恐らく、棋士の多くは本音を語らずに終わるのだと思う。負けた時は辛く、勝った時に本音は損をする世界だ。どちらにも関係なくなった時は往時渺茫として、良い思い出だけになってしまう。

(以下略)

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物故棋士との対談、これはとても斬新な企画だ。

やはり、故人に生前語らなかった本音などを話してもらったりして、全編パロディーといった感じになるのだろう。

鈴木輝彦七段(当時)が書いているように、出来上がれば相当面白いものになるが、創り出すのが本当に難しいと思う。

相対的には、大橋柳雪、棋士ではないけれども徳川家治は、それぞれいろいろと取っ掛かりがありそうなので、創作しやすい方かもしれない。

阪田三吉は、逆に難しそう。

応用編では、天野宗歩-小池重明対談なども考えられる。

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かなり昔のテレビ番組で、恐山のイタコが、力道山を口寄せ(霊を自分に降霊させて、霊の代わりにその言葉などを語る)するのを見たことがあった。

当時の日本プロレスの経営陣であり解説者であった芳の里と遠藤幸吉の二人が恐山へ出向き、それを聞いていた。

力道山の霊は、あまり喋ることなく、ウンウン頷きながら(よく来てくれたなあ)という感じで二人の肩を何度も叩いていた。

故人との対話。

これは、ギリシア神話の、オルフェウスが毒蛇にかまれて亡くなった妻 エウリュディケを取り戻すために冥府へ行った物語、日本神話であれば、イザナギがイザナミを探しに黄泉の国へ行った物語、などに始まる永遠のテーマなのかもしれない。

 

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