奨励会旅行のサケ茶漬け

将棋世界1998年1月号、小林裕士四段(当時)のリレーエッセイ「待ったが許されるならば……」より。

 僕はどうも酒乱の様である。自分では酒乱と思っていないが、酒を飲んだ翌日に、自分が何を仕出かしたかを人から聞かされると、顔面蒼白になってしまう。(決して二日酔いのせいではない)

 酒を飲んで酔っている時は楽しいが、人に迷惑をかけてはいけない。いつもそう思っているのだが、先日も……。

 半年に一回、三段リーグが始まる前、酒井先生宅で研究会が行われる。先日集まったメンバーは、奨励会幹事の野田先生、野間さん、増田四段、矢倉四段、関西の三段陣。

 僕はこの研究会を非常に楽しみにしている。将棋を指すのは勿論だが、もう一つの楽しみは、将棋を指した後、酒井先生の家で夕食を頂く時だ。そう、先輩達と酒を飲む時である。始めはビールを飲みながら、焼き鳥や、すき焼きを美味しく頂いていた。皆との会話も弾み、ビールを楽しく飲んでいた。そして一時間を超えた頃、「これ飲むか」と目の前にビール瓶より一廻り大きい瓶がドンと置かれた。

 酒井先生勘弁して下さいよ。僕は日本酒は苦手なんです。

 僕は日本酒を飲むと悪酔いし、バカな行動をとる上に、周りの人にまで迷惑をかけてしまう事がある。

 昨年の奨励会の合同旅行の時もそうだ。その時も始めはビールを飲みながら料理を美味しく頂いていた。やがて冷酒を飲み、酔っぱらった所で僕はバカな提案をした。「じゃん拳をして負けた者がサケ茶漬けを食べる事」。普通の鮭茶漬けなら美味しいが、字で書くと酒茶漬けとなり、このじゃん拳は負けるわけにはいかない。だが、こういうバカな提案をした奴は必ずバカを見る。結果は僕が当然の様に負け、御飯の上に酒をかけ一気に食べた。これだけなら笑い話で済むが、その後の事を全く覚えていない。この覚えていない部分を次の日皆から聞かされ、蒼くなりながら東京の幹事の先生方や先輩方に謝り廻る羽目になった次第である。

 神吉先生は手品が上手い。先だって神吉先生と仕事を一緒にさせて頂いた時の事。九州方面の仕事なので前の晩から現地に行っていた。夕食時、少し飲んだが明日の仕事にさしつかえる程ではない。問題はその後だ。神吉先生に手品を見せて欲しいとお願いしたら先生は「見せて欲しかったらこれを飲みなさい」とコップ一杯の酒。一手品につき一杯の酒、手品、酒、手品、酒の千日手。

 次の日、諸先生方に頭を下げまくったのはいうまでもない。

 そんな事もあったが、今日は無茶な飲み方さえしなければ悪酔もしないだろうと、目の前に出された日本酒を少しずつ頂いていた。やがてほろ酔い気分になり時計の針は八時半を回りそろそろお開きかなと思っていた頃、安用寺三段がとんでもない事を言い出した。「酒井先生、ウーロンティーを」。ウーロンティーとは勿論ウーロン茶の事ではない。ウーロン茶に似たアルコールが入っている飲物の事である。

 安用寺君勘弁してよ。僕はウイスキーはもっと苦手なんだ。

 アルコール度数が四十度を超えるものなどとても口に合うものではない。このウイスキーを飲んでしまうと悪酔してしまう。このままでは危ない。咄嗟に僕は向かいの席に行き、先輩の肩を揉んでいた。でも世の中そんなに甘くはない。酒井先生は僕にコップを用意して下さって、酒井先生直々に注いで頂いた。もう飲まない訳にはいかない。やっぱりきつい。ウイスキーは少し休憩し、ビールを飲みながら酔いを覚ましていた。でも無駄な抵抗だった様で、やはりその後の事は記憶にない。(もし僕が日本酒かウイスキーのコップに手をのばしかけたらどうか「待った」をして下さい)

(以下略)

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小林裕士七段が四段になって半年位後に書かれたエッセイ。

小林裕士四段(当時)を知る人たちが、小林四段にどんどん酒を勧めているわけで、小林四段は決して酒乱ではなく、皆に愛される面白い酔っぱらいだったのだと思う。

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それにしても「酒茶漬け」とは恐ろしい。

正確には「日本酒漬け」と言うべきなのだろう。

ご飯を食べながら日本酒を飲む、と思えばまあまあ普通の世界なのだが、一緒の器に入れてしまうと一気に非日常の世界に変わってしまうから、不思議といえば不思議だ。

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子供の頃、ご飯に牛乳をかけて食べたことが何度かある。

不味くもないが、あまり美味しいとも思わなかった記憶がある。

今なら絶対に食べたいとは思わない。

「日本酒漬け」をあまり笑えない。

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比較的最近の小林裕士七段。

NHK将棋講座2011年9月号、椎名龍一さんの第61回NHK杯戦〔豊川孝弘七段-小林裕士六段〕観戦記「重たいパンチ」より。

「棋士では珍しいタイプののんびり屋さん」と解説の阿部隆八段が言うように、小林はほんわかとした表情で対局開始を待っている。公園のベンチで噴水を眺めている人の表情というのがそのときに思いついた例えだが、うまく伝わるだろうか。

(中略)

「小林君は勝っても負けても表情が変わらないタイプ。闘志を見せたことはないんじゃないかな」と解説の阿部八段が言うとおり、対局後も小林六段は公園で噴水を眺めているような表情だった。しかし局後に入った焼肉屋で小林六段の表情は一変するのである。「生ビールお願いします」と言ったときには、公園の噴水から石油が出てきて大金持ちになることが確定した人みたいな表情になった。素早く生ビールのジョッキを3杯飲むと次はマッコリの連打。

 本局で見せた小林六段のおかわり攻撃の重たいパンチをくらった僕も二日間はパンチドランカーで寝込んでいました。

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小林裕士七段の強力な攻めが決まって勝った後のビール。

小林裕士七段は身長が185cm、体重が90kg位と、非常にガッチリとしている。

観戦で初めて会った時は、中国の史記や三国志に出てくる猛将は、このような体型だったのだろうなと思ったほどの迫力。

でも、顔はとても優しく、髪型によっては慈悲深い仏陀のようにも見えることがある。

小林裕士七段は迫力ある攻めの名手。

「攻めさせたら十段」、という言葉があったとしたら、私が真っ先に思い浮かべるうちの一人が小林裕士七段だ。

仏陀のような顔から文殊菩薩のような妙手を繰り出す

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