四段昇段を逸した次点者に贈られた賞など

近代将棋1974年6月号、原田泰夫八段(当時)の「棋談あれこれ」より。

名人戦(中原・大山七番勝負)

 名人戦が始まると朝日新聞の配達が待ち遠しい。帰宅がおそく本部へ寄らない時は、駅の売店で買う。第一日目の進行はどうか、二日目の夕刊には勝敗がついたか、どんな内容か、どちらが有利かを見る。

 二人は全棋士に勝ちこしている最高の実力者同士であるから「大名人戦」と言ってもいい。今回は「いい勝負、互角」の声が多い。

 第一局目の観戦記は作家の山口瞳先生が担当された。将棋界と棋士に愛情の深い方で、行間に温かさが流れる名文、楽しく拝見している。書き方の見本を学ぶ。

 第33期名人戦七番勝負の日程が発表された。第1局=4月9・10日、東京渋谷「羽沢ガーデン」第2局目=4月8・9日、兵庫
玉場「七福荘」第3局5月1・2日、神奈川箱根「ホテル花月園」第4局=5月9・10日、神奈川湯河原「ゆがわら石亭」

 以後の予定は、第5局=5月21・22日。第6局=5月29・30日、第7局=6月6・7日。

 親しいなわのれんで一パイやっていると「どっちが勝ちそうですか、私はこちらにのっているんですが―」酒場の勘定を賭けている。中原ファンと若い層は中原のり、小野田元少尉の帰還で大正生れの株が上ったのか、大山のりも相当ある。

「さあ、困るご質問ですね。どちらか四番勝つまでは、ほんとに分りませんよ」これでは答えにならないが、答えようがない。

 前号の「中原、大山、名人戦の対決」東公平さんの読みものは面白い。こういう文はなかなか書きにくいものだが、読みやすく、名人戦を鑑賞のために参考になる。東さんは大変な努力家で、一流の観戦記者、功労者の一人である。

 名人戦の速報大盤解説は有楽町の朝日新聞社裏、丸の内ピカデリー横で特設台で行なっている。一日目、二日目とも正午と午後5時。対局終了後は三日目の全局解説で正午と午後4時。雨天の場合は中止することがある。

 解説者は第一同日、大内八段。第二周目、加藤九段。第三局目、松田八段。第四局目、花村八段の予定。劇の操作の達人、佐藤健伍五段が飛鳥の如く、鮮やかなさばきを示している。さぞ、疲れることだろう。

「初めてですから、うまくできますか、どうか、これも勉強です」謙虚な大内さんの解説をきいた。昭和薬科大学の将棋講師だけに分りやすい、「何の因果で貝殻漕ぎなろうたー」の貝殻節の名手は声がよくマイクにのっていた。好評の筈、5級以下には指し手の進行が、もうチョッピリゆっくりの方がありがたいとのことだった。

 大盤担当の社の宣伝課に原田も是非弁ずるようにとの注文。20年以上も前からある時期まで松田、五十嵐、原田の三人が専属の形で、三日目は木村十四世名人の総評が人気を高めた。名人は昨年まではお元気であった。目下、鎌倉にご入院の中、ご全快を心からお祈りする。

 業務局長時代の永井さん、豊川さんは大変な愛棋家で随分お世話になった。大盤解説にも力を入れて下さった。永井さんはお達者で嬉しいが、豊川さんは今は亡し、寂しい。

 どんな世界でも1年、3年たてば顔ぶれが変る。未知の社員の方々に新風を感じた。将棋のご縁で「ああー暫らく……」とをかけて下さる年輩社員があり、ありがたく。なつかしい。

 大盤解説は街頭なので忽ち黒山の人、係りは交通整理、昔と変らない風景であった。

 第一局の二日目は対局場の「羽沢ガーデン」で有料観戦、大広間に約百人が米長、芹沢八段らの名解説をきかれた。新しい将棋会館を建設できれば、タイトル戦観戦がファンに喜ばれるに違いない。

 ご承知のように第一局は大山さんが快勝した。勝率の高い得意の三間飛車で101手まで。

 中原さんが不出来だった。只今(4月19日夜)の夕刊には第一局、二日目の模様が出ている。大山さんの3六歩に中原さんが2四歩と突き捨てたところまで。

 大山流「穴熊」に中原流「高美濃」”二人の自然流”の白熱戦。双方ともに堅城、どちらが有利なのか、まだはっきりしない。朝刊が楽しみだ。26歳対51歳、亥歳生れの両雄が必死に戦かっている姿が浮かぶ。盤上はあくまでもきびしく、局後はつとめて和やかに、互いに尊重しあっている仲なので味の悪いことはない。名局の誕生を期待し敢闘を祈るのみだ。

将棋大賞

 昭和48年4月1日から翌年3月3日まで、全棋戦、全棋士の個人別成績を調査、各社の担当記者が詮衡委員になって協議して「第一回大賞」を決定した。

 最優秀棋士賞…大山十段。勝率一位賞中原名人。最多勝利賞…大山十段、米長八段。連勝賞…中原名人。技能賞…内藤棋聖。敢闘賞…原田。殊勲賞…板谷八段。新人賞…森安秀光五段。特別賞…木村十四世名人。

 これには棋士一人の介入もない。「将棋世界」編集長の太期喬也さんが、お世話役兼司会をして報道関係者のみで選定したものである。相撲、野球、囲碁界には前から賞があり、それが話題になっている。後手、後手で申し訳ないが、遅蒔きながら将棋大賞の実現は好手であった。

木村十四世名人に特別賞は、いいことを考えて下さった。最優秀棋士賞は「大山さんか中原さん」で議論があったらしい。現在の時点では中原さんのタイトルが多い。が、今年は本部の創立50周年であり、優勝97回、勝ち星が千勝にいま一息という大山さんを第一回目に立てられたものと想像する。

 一年間の成績や記録は近く本部から出る「将棋年鑑」をご覧願いたい。本誌でも別項で発表されるのもいいと思う。受賞者の一人、一人は本誌の愛読者なら納得がゆくのでないだろうか。それぞれ大奮闘された棋士ばかりである。

 最も驚くことは原田が立てられたことだ。敢闘賞に感謝。降級者に受賞とは恐縮、委員各位に一パイおごりたくなる。正月以降は不戦勝ち1を含めて2勝12敗、惨憺たるもの。年間を眺めると最後の「最強者」になりに記念対局で中原さんに勝ち、一年間で51局、26勝25敗、一番だけ勝ちこしになっている。

 その場にいないので分らないが「彼も可愛想だ、だいぶ頭が光ってきた、敢闘賞でもやりましょうや」そんな委員会の雰囲気でなかったか―。ありがとうございました。

「日立賞」に感謝

 昨年の秋に日立製作所から、ご理解ある質助金をいただいた。次代の将棋界をになう育成費に活用することであった。各界は技術の練磨と人間教育が盛んで、新人の育成に力を入れている。将棋界の場合は奨励会の青少年棋士に将来を期待するよりない。

 きびしい規定で、せまき門、四段昇進決定戦は運命を左右するほどのもの、決戦の敗者を一番に激励したくなると述べた。「どうぞ然るべくお使い下さい」とのお話し。感謝。

 現在、四段昇進を逸した次点者は、沼、青木、酒井、桐谷三段とのこと。それに今期順位戦で惜しくも昇級、昇段を逃した次点者、芹沢八段、佐伯七段、森安五段、若松五段に日立製作所からの激励賞を贈ることになった。4月22日、「将棋大賞」と「日立賞」を千駄ヶ谷の本部で行なう。

 三段陣と、奨励会の諸君たちよ、がんばり給え、諸君たちの実力を評価し成長を大いに期待している方々のためにも。

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細かい説明を加えるのが野暮に思えるほど、流れるような原田節が心地良い。

将棋世界同じ号のグラビアより。将棋大賞授与式の模様。千駄ヶ谷の旧将棋会館の一室で。