真部一男八段(当時)「詰めろを掛けてもいけない」

将棋世界2005年1月号、鈴木輝彦七段(当時)の連載エッセイ「古くて新しいもの」より。

 女性観については『論語』にも少ないので、鈴木愚子の経験を。

 若い頃、先輩の真部さんに「金と歩しかないのに、5二玉に▲5三歩と打ったら△5一玉と引く女性がいるんですよね。その時▲4三金と打ったんですけど、どうですか」と伺ったことがある。

 論考先生の一言は「バカだな。その時は▲5二歩成とするんだよ」とありがたい教えを戴いた。詰めろを掛けてもいけない、ということのようだ。

(以下略)

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男女の間の深い機微。

「5二玉に▲5三歩と打ったら△5一玉と引く」と、わざわざ詰む方へ逃げるというのは、例えば、

「今度飲みに行こうか」
「嬉しい!じゃあ温泉に一緒に行きましょうよ」

という展開が考えられる。

ここで▲4三金と打つのは、

「それだと、一緒に泊まることになるけど、大丈夫なの?」

と、一呼吸置く流れ。

真部一男八段(当時)が提唱する▲5二歩成は、

「ハハハハハ、今のは冗談」

と言うような手筋。

なかなか奥が深いというか、▲5二歩成の意味合いが神秘的だ。

あるいは、

「最近、外泊が多いけど、何かあるの?」
と恋人に聞くと、
「ごめんなさい!◯◯君と一緒に温泉に泊まりに行ってたの。ごめんなさい!」

という展開。

ここで▲4三金は、

「……自分のしたことをどう考えているんだ」

という流れ。

▲5二歩成は、

「ところで、今日は面白い映画をやっているから、これから見に行こうか」

のような雰囲気。

▲5二歩成は、こちらのような趣旨なのだろうか。

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しかし、よくよく考えてみると、

「金と歩しかないのに、5二玉に▲5三歩と打ったら△5一玉と引く女性がいるんですよね。その時▲4三金と打ったんですけど、どうですか」
「バカだな。その時は▲5二歩成とするんだよ」

という真部一男九段と鈴木輝彦八段の若い頃の会話は、言葉通り、女性に対する指導対局での心構えについて語られたものである可能性も非常に高い。

なかなか解釈が難しいところだ。

 

真部

真部一男九段