将棋世界2005年9月号、角建逸編集長(当時)の「将世三昧」より。
名人戦最終局の感想戦。主催社である毎日新聞のコメント取りの後、両者沈黙の時間があり。しばらくしてから指し手を最初から並べ返していく。
観戦記者が疑問の箇所について尋ねること数回、それ以外は両対局者の声しか聞こえなかった。
羽生「いやあ、しかし、うーん」
森内「…ですか(笑)」
羽生「あ、そうか、いや、うーん」
森内「ちょっといいですか?」
羽生「え、あ」
(別の変化を調べ出す)
羽生「そうですね。うーん」
森内「…ですよね」
羽生「なるほど…ん? こうやると…」
森内「うーん、こうですか」
(以下繰り返し)
その場には中原永世十段と谷川九段もいたが、二人の永世名人はただじっと感想戦を聞いていた。両対局者はもちろんだが、そこに居合わせた全員が今終わったばかりの勝負の余韻に浸っている。何か対局室だけ別の宇宙空間になっているような気がした。
感想戦に区切りがついたところで、中原永世十段から一声かかり、「あ、どうも」と両者一礼。森内名人が駒を数えながら駒袋に納め、駒箱を盤の中央に置く。再び両者一礼。ようやく場の緊張がほぐれ、普通の部屋に戻った。
羽生・森内のタイトル戦は今回を含め9回あるが、最終局までもつれ込んだのは実はこの名人戦が初めて。
敗れた羽生四冠は終了直後のインタビューで「結果は残念ですが力は出せたので悔いはありません」ときっぱり言い切った。
かみ合い始めた両者の戦いは、これからますます面白くなるに違いない。
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対局室だけ別の宇宙空間、は絶妙な表現だと思う。
対局中は太陽系外の宇宙で、感想戦の最中は太陽系の地球以外の宇宙という感じ。
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プロの感想戦を理解しようとするのは至難の業だ。
私もNHK杯戦の観戦の時、収録終了後の感想戦では心拍数が大いに上がっている。
会話を聞き漏らさないように必死にメモを取るが、メモを取ると感想戦の検討内容がわからなくなり、検討内容を追おうとすると素早く指される変化手順を書き留めるだけで精一杯で手の意味を考える余裕もなく会話も記録できるわけもなく、(あっ、これではいけない)と焦りながら心拍数は増えていくばかり。
実際には、質問点を整理した上で後日、両対局者に取材をするわけだが、それでも感想戦の度に心拍数は上がっている。