戦慄のジャングル野田

将棋世界1984年5月号、神吉宏充四段(当時)の「関西奨励会の内奥に迫る 神吉宏充の突撃レポート」より。

 出た、出ました。あのタフネスボーイ、密林の王者といわれているジャングル野田敬三三段が、体力にかけては関西奨励会一、いや将棋界一ではなかろうかと思える怪物である。とにかく”歩く精密機械”と思えるほど歩くのが好きな人である。

 機関誌”将棋”でも紹介したが、彼は時間の感覚に独自の物をもっている。つまり彼の5分は(我々は”5野田分”という)普通の人の1時間に相当する。

 この前の奨励会旅行の時、彼の地元である六甲山へ登ることになった。案内はもちろん野田三段。

 ある程度登った所でケーブルカーの前に着いた。皆、普段体力をつけてないのでヘトヘト、ケーブルカーで登ることにほぼ決まりかけていたその時である。野田三段が「ケーブルカーよりこっちの道の方が近いですよ。5分ぐらいで登れますよ」と奨励会幹事に進言しているのである。

 ああ、これが悪魔のささやきであった。幹事は”地理に詳しい野田三段のいう事だ。5分ぐらいなら歩いて登るか”一行は歩きだしたが、それはまるで冬のマッキンリーに臨むようなものだった。道なき道を歩く一行を助けるものは誰もいなかった。

 10分、20分と過ぎても頂上へはまだ着かない。いや、むしろ頂上が遠ざかっていくようにも思える。一行が頂上へたどり着いたのは出発してから1時間以上経過してからのことだった。皆ヘトヘトで”カミソリ負けの村田”君などはエラ呼吸をしている。ところが、一人だけピンピンしている人がいる。”もう一山いけますよ”といいたげな人物、それが野田三段である。

 まさに”ジャングル野田”この命名にふさわしい彼の行動は、後世に伝えられるであろう。

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野田敬三六段は故・森安秀光九段門下。長谷川優貴女流二段、山根ことみ女流初段の師匠でもある。

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六甲山のケーブルカーは、20分間隔の運行で、六甲ケーブル下駅(標高244.2m) - 六甲山上駅(標高737.5m)の所要時間は10分。路線距離は1.7km。

たしかにこれ位の距離だと、歩いて5分はもしかしたらオーバーにしても、20分もあれば到着できるのではないかとついつい思ってしまうかもしれない。

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以前、仕事が終わって誰かを飲みに誘う時、「軽く飲みに行きましょう」が職場内での合言葉のような時期があった。

軽くとは言っても、毎回普通に飲んで帰宅時間も遅くなるのが定跡だったのだが、それに反省して、「30分だけ飲みに行きましょう」と誘い文句が変わった。

これなら、30分で済むことはなくても1時間位で切り上げられそうな気分になることができる。

しかし、飲み始めてみれば以前と変わらず、3時間~6時間コースになることは当たり前。

私には野田三段(当時)のことを笑う資格がない。