成田三樹夫さんと将棋

将棋世界1990年6月号、「豆知識アレコレ」より。

 時代劇から現代劇までニヒルな悪役を得意としていた個性派俳優の成田三樹夫さんが、4月9日に胃がんのため亡くなった。55歳。

 成田さんは将棋がアマ三段の実力者で、スポーツ紙主催の芸能人大会で活躍したり、NHKのテレビ将棋のゲストとしてもよく出演した。こよなく将棋を楽しんだ成田さんの柩には、生前愛用した駒がおさめられたという。そういえば亡くなった入院先は代々木駅近くで、千駄ヶ谷の将棋会館から歩いて10分の近さ。これも何かの縁か。

 成田さんは11年前に将棋連盟普及部が発行する支部機関誌「将棋」にエッセイを寄稿していた。そのラストの部分を再掲する。

 ”44歳、胃を痛め、首を痛め、脳には凶雲が立ち昇ろうという我が身にはこれ以上は無理の様子で、頭書の読み筋などは馬にくわせて、盤上この一手、逃走。これこそ神かけて最善手と判断しました。そうしてしばらくは、垢じみた僕の耳の奥に、もの悲しいフーガが鳴り続けることでしょう”

 全文を紹介できないのが残念。学者一家育ちの成田さんらしい知的で少し毒のきいた辛口エッセイで、題は「遁走局」。人生では決して遁走しなかった人だ。合掌。

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将棋世界1991年7月号、故・成田三樹夫夫人の成田温子さんのエッセイ「父は田舎七段」より。

 昨年のちょうど今頃、成田の遺稿句集「鯨の目」を出版するために整理をしていましたら、少し黄ばんだ四つ折りの紙が出てきました。開いてみると、昭和57年4月15日に将棋会館で行われた名将戦の棋譜でした。

 対局者は当時の青野照市七段と田丸昇七段で、この将棋の観戦記を頼まれて書いたことを思い出しました。田丸さんとはそれ以前より時々酒席をご一緒した付き合いがありました。

 昭和57年というと、将棋に対する高熱が取れて楽しみながら指していた頃だと思います。成田はある時期、将棋に大変のめりこんでいたのです。

 成田の父は大変将棋が好きでした。何十年か前に木村義雄十四世名人が東北地方を訪れた時は、指導対局を受けたそうです。その父が一番力の強かった時期だったのでしょう。木村名人に勝ってアマチュア七段の認定をして頂いたと、聞き及んでいます。

 そういう父なので、成田は子供の頃より将棋に親しみ兄弟同士でよく遊びました。俳優座養成所の青年時代も、講義中の先生の目を盗んで友人と指したそうです。

 成田はまもなく大映の専属になりました。その大映の経営がかなり傾いたのは、昭和44、5年の頃でした。仕事は当然少なくなりました。かといって、それで慌てる人ではありません。ある日、升田幸三さんと大山康晴さんの本を購入してきまして「これから少し将棋を勉強するぞ!」と突然いいだしました。

 それから半年ほどすると、成田の両親が酒田から上京する要件ができて、我家にも寄っていきました。その翌日、朝食をすませた成田が「親父、将棋をひとつ教えてよ!」といいました。父は「なんだ三樹、将棋やるのか」と、嬉しそうな顔で駒を並べ始めました。

 成田は駒をひとつ進めるのに四苦八苦し、顔面を紅潮させて指しました。一方の父は母と談笑しながら「どれ、指したか」と、チラッと盤面を見ただけで「それ」。そしてまた母とお茶を飲みながらニコニコして雑談です。成田はその間、首を左右に捻り「ウーン!」と唸り、次の一手を指すまで一人で時間を使っていました。将棋を知らない私でも、二人の様子を見れば結果は一目瞭然でした。結局、成田は相手にもしてもらえなかった次第でした。

 あとで思ったのですが、成田はきっと父親孝行のつもりで将棋を誘ったのでしょう。そして父もそれが嬉しくて相手をしたのでしょう。

 成田は父を相手に歯が立たないのは分かっていました。でも思った以上に実力の差があったことに、自分自身よほどみじめに感じたようです。それ以来、将棋に対する熱の入れ方が変わってきました。

 東京では家に帰ると一人で棋譜を並べて勉強していました。仕事で京都へ行くと、良いのか悪いのか成田が定宿にしていたホテルの裏が将棋の会所なのでした。撮影が終わってホテルへ帰るとすぐにシャワーを浴び、食事もそこそこに会所へ通いました。そして「今日は何勝何敗だった」と、東京の自宅に夜遅く電話で熱っぽく知らせたものでした。

 しかし皮肉なことに、父はその翌年に他界してしまいました。成田は兄弟のなかで父方の血を一番強く受け継いでいるように思っていましたが、父の亡くなる1年前に将棋に興味を持ち始めたのは、何かの因縁でしょうか。

 成田は努力の甲斐あって、数年後にはだいぶ腕を上げたようです。将棋連盟のある高段棋士は、実力は三段格なのでいつでも免状は出しますといってくれました。しかし成田は免状とか賞状は嫌いな性格で、その後も段位は無段でした。

 実力三段の成田が田舎七段の父に追いつくことは無理かもしれませんが、勝てないまでも以前よりだいぶ勝負になったことは確かでしょう。もしかしたら、今頃あちらの世界で「あっ、親父。ちょっと、その手は待って」「ダメ、待ったは許さん!」などと熱く語りながら、将棋を指しているかもしれません。

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1週間ほど前からAmazonプライムの会員になった。

昔の映画などが見放題というのが個人的に最大の魅力だが、ついつい連続して何本も見てしまい、ブログを書く時間が削られてしまうのが悩ましいところ。

それはさておき、沢山ある映画の中から私が見たものを順番に挙げると、

  1. 魔界転生…千葉真一さんのインタビューを読んで急に見たくなった。沢田研二さんが凄い。
  2. 新極道の妻たち 覚悟しいや…リアルタイムで見たけれども、草刈正雄さん演じるヤクザをまた見たくなった。中尾彬さんのギトギトした演技も絶妙。
  3. 肉体の門…新極道の妻たちのかたせ梨乃さんを見て、その続きでかたせさん主演のこの映画を見る。かなり昔テレビで見て心に残っていた映画だが、深夜に見てボロボロ涙を流す。エンディングの八代亜紀さんの歌が心に染みる。
  4. 山口組三代目…高倉健さん主演。自伝を元にした実録物で、面白かったけれども、現代なら絶対に上映されないような映画。
  5. 白昼の死角…冒頭の岸田森さんの演技を見たくなって見る。天知茂さんは格好良かったと再認識する。
  6. 里見八犬伝…深作欣二+千葉真一の流れ。昔見た時には涙が出なかったのに、今回は泣く。

意識したわけではないが、なんと、東映の作品ばかり。

そして、これも意識して選択したわけではないが、この6本のうち、成田三樹夫さんは3本に出演している。

魔界転生では殺されてしまう松平伊豆守、白昼の死角では手形をパクられてしまう薬品会社の専務、里見八犬伝では主人公の静姫の叔父にあたる太田資正の役。

成田三樹夫さんは、とにかく醸し出す悪役感がたまらなくいい。

特に里見八犬伝では、静姫(薬師丸ひろ子さん)が凶悪の一味を滅ぼした後、ラスト近くで成田三樹夫さん演じる叔父の太田資正のもとへ身を寄せるのだが、この叔父も静姫に害を及ぼすのではないか、まだまだ映画はひと波乱あるのではないか、と思ってしまうほどのオーラ。実際にはこの叔父はいい人で何事もなく終わるのだが、とてもそうは見えないところが最高だ。

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私は、成田三樹夫さんや岸田森さんのような、非常に個性の強い名脇役俳優が大好きな傾向がある。

『仁義なき戦い』の頃の成田三樹夫さんが将棋に最も熱中していた時期だと思うと、これはこれで、とても趣きが深い。

成田三樹夫さん

【烏丸少将】俳優 成田三樹夫の役者魂がかっこいい!【ミッキー】(LAUGHY)

 

 

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