「でもコマーシャルに出ていた羽生さんは知っていますよ」

将棋世界2001年1月号、山田史生さんの巻頭エッセイ「違う世界」より。

 私は新聞社を退職し、以後フリーで将棋ライターをするかたわら「囲碁将棋チャンネル」の番組制作アドバイザーを行っている。「囲碁将棋ちゃんねるは」は公式戦となった「銀河戦」(囲碁は「竜星戦」)対局の放送をメインとして、他に講座、名局解説、棋力認定、インタビューなど多彩な番組作りを行っており、さらに10月からは最近の棋界情報を取り入れた「将棋まるごと60分」をスタートさせた。

 この番組はディレクターとキャスターは将棋に関しては全く知識がなく、白紙状態のままでの起用であった。原田里香さんという20歳代後半の美人キャスターは、将棋を指して収入を得ているプロの存在を知らなかった。

「でもコマーシャルに出ていた羽生さんは知っていますよ。ああ、それにワイドショーでよくとりあげられていた中原さんも知っています」。名前のあがった棋士は二人だけだった。

 番組中、ゲストに聞く質問もユニーク。「将棋を発明したのは誰ですか」「なぜ和服で対局するのですか」「扇子を持って対局するのは規則ですか」とか、さらに先日、順位戦の話が出た際、「棋士はA級とかB級とか、自分の好きなクラスから出場できるのですか」と聞いて、ゲストの塚田泰明八段は目を白黒させていた。

 私は取材協力もしているのだが、30歳代男性のディレクターの注文も個性的だ。竜王戦第1局で上海へ行くと言うと「藤井、羽生両対局者のトランクの中身が知りたい」「家を出る時、奥さんに何と言われたか聞いて欲しい」「おみやげに何を買ったのか知りたい」など、あれこれ要求する。また「原田キャスターに将棋を覚えてもらい、1年後女流プロに挑戦するという企画はどうですか」と相談されたりする。これまでの将棋ジャーナリストにない視点での質問や相談なので、へきえきさせられることもある一方、なるほど、そういうことに興味があるのか、と啓発される場合もよくある。

 これまで将棋に縁のなかった人が、将棋に無知というのはあたり前。私自身も、最近の若いタレントや、音楽グループ名など全く知らないし、政財界、学会などにもうとい。しかし未知の世界でも何らかのきっかけで知り合いができれば、その世界に関心を抱くようになるのはまた当然のことであろう。この原田さんも、デイレクターも、1ヵ月ほど将棋界の空気に触れただけで、もうすっかり将棋ファンに変貌した。ゲストで来た棋士に次々にほれこんでいく。

「郷田さん、すらっとしていてすてきですね」「田中寅彦さんはものをはっきり言うし、頼りがいがある」「塚田さんはまじめ。早く九段になってほしい」など、今は積極的に将棋界のことを知りたがるようになっている。

(以下略)

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たしかに、「棋士はA級とかB級とか、自分の好きなクラスから出場できるのですか」は斬新な視点だ。

「扇子を持って対局するのは規則ですか」と聞きたくなる気持ちもわかる。

「両対局者のトランクの中身が知りたい」とまでは思わないが、「おみやげに何を買ったのか知りたい」は興味深いテーマとなるかもしれない。

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原田里香さんは、アイドルユニット「ギリギリガールズ」の元メンバーで、1990年代はテレビ東京系「ギルガメッシュないと」「平成女学園」などに出演するとともに、テレビ朝日系「トゥナイト2」ではレギュラーレポーターを務めていた。

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「未知の世界でも何らかのきっかけで知り合いができれば、その世界に関心を抱くようになるのはまた当然のことであろう」

特に棋士は、全員が個性的かつ魅力的なキャラクターであると言っても過言ではないので、”その世界”の中でも将棋界は非常な強みを持った業界だと思う。