行方尚史六段(当時)「始発を待つあいだ東京体育館のベンチで泣いた」

将棋世界2001年5月号、行方尚史六段(当時)の昇級者喜びの声(C級1組→B級2組)「それぞれに歩いてゆく」より。

「将棋で食っていけるのは不思議なことだ、このクラスで確実に上がれる自信はいまもない、勝つことに懐疑的だった、データに染まった、若い人達に将棋を教わった、講座をやるとはおもわなんだ、まだ将棋を語ることは出来なかった、いろんな人にお世話になったことに素直に感謝したい、勝負にきびしく人にやさしくと誓ったが結局安心を買いたいだけなのかもしれない、負けてもたまにはまっすぐ帰れるようになった、家から連盟まで地下鉄が開通した、しかし遅刻癖は直らず、引っ越したが新しい部屋は陽当たりが悪い、自炊を始めた、テレビを買った、インターネットにハマった、想像力が落ちた、飲み過ぎで頭がボケてきた、肝臓が心配だ、気づいたらオッサンだ、歳をとるのはまあまあ楽しい、みんな結婚していく、仲間のことを偉いと思った、久保君がブレイクした、ロックフェスで頭を打った、ダンスで全能感を味わった、心のベストテン第1位はくるりのワンダーフォーゲルだった、小沢健二はどうしているんだろ、夏は2ヵ月も対局がなかった、杉本戦255手もかけて負けた、午前3時まで戦うって一体なんなんだろう、感想戦を終え外へ出ると夜も終わっていた、始発を待つあいだ東京体育館のベンチで泣いた、翌日も翌々日も泣いた、自分の将棋で泣いたのはいつ以来か思い出せなかった、なぜかバーテンになろうと思った、1月もう一度あきらめた、今度は笑うしかなかった、木と戯れているだけじゃしょうがない、8時のモーニングコールが心強かった、自力を知った朝すぐ実家に電話した、最終戦に昇級を懸けるのは初めてだった、現在地を何度も確認した、昇級は想像どおりうれしかった、また泣いた、でもすぐさめた、もっと将棋を知りたい、春が恋しい」

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行方尚史六段(当時)の、現代流に言えば、Twitterでの呟きを句読点で区切っていくつも並べたような、非常に斬新で心のこもった文章。

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私も真似してみたい。

「味噌ラーメンを急に食べたくなった、初めて入る店、味は濃い目と薄めどちらがよろしいでしょうかと聞かれた、私も大人なので普通でと答えた、ラー油が置かれてない、ちょっとだけ寂しい、ラーメンが出てきた、味噌ラーメンなのに大きめのチャーシューが乗っている、嬉しい、食べると爽やかな感じのする味噌ラーメンだった、濃い目の味でお願いしたほうが良かったかな、世の中に爽やかな味噌ラーメンなんてあるのだろうか、いや目の前のここにある、濃い目の味が恋しい、アマゾンプライムで『蘇る金狼』(1979年の松田優作主演の映画)を見た、最近はいつも昔の東映ばかりだ、15年前にDVDで見て以来だったけれどすごくビックリした、15年前見たときより50倍面白く感じたのだ、歳をとるのはまあまあ楽しい、この映画悪い人が沢山出てくる、小池朝雄が経理部次長で成田三樹夫が経理部長で佐藤慶が社長、濃い、濃すぎる、007にだってバイオハザードにだってこんな悪そうな会社は出てこない、でも株価が400円の上場企業、悪の化身のような松田優作、風吹ジュンの渾身の演技、意外と簡単に殺られてしまう若手総会屋の千葉真一、見所はたくさんあるが個人的に一押しは岸田森の興信所所長、変な髪型に丸いレンズのサングラス、黒のエナメルのコートの下には白いズボンとシャツ、仕込み杖を持ちながら片言の日本語、いるだけで怪しさが500%、最後に少しだけ出てくるスカンジナビア航空スチュワーデス役の中島ゆたかももの凄い効果、ああ、昇級者喜びの声のように1年間を振り返るにはTwitterでの呟きを句読点で区切っていくつも並べる方式が効果があるのかもしれないけれども、最近のたった2日間のことを書くには向いていないかもしれない、ああ」