将棋世界1980年2月号、原田泰夫八段(当時)の第35期棋聖戦五番勝負〔中原誠棋聖-淡路仁茂六段〕第1局観戦記「鋭い自然流、淡路驚嘆の粘り」より。
新鮮淡路六段登場
将棋の神様は特別面白い取組を作られるようで、今期は中原棋聖に淡路六段が挑戦することになった。32歳の名人・棋聖が29歳の六段と「棋聖位」を争う五番勝負。人気沸騰、話題になるのは当然である。
(中略)
「自然流」の称号を呈した中原さんが、大名人、大棋聖に大成したことを喜ぶ。淡路将棋は中、終盤が特に強く、粘りが抜群、原田は昨年の昇降戦が初手合で、段位を遥かにこえた力を評価している。完敗局を想い出す。
粘り強さ、しぶとさ、長期戦の強さ「マラソン将棋」の感じ。振り駒で先手番になり、三間飛車(左から三間)は予定の作戦であった。後手番の中原さんは、居飛車で正攻法、近年流行の「穴熊」や「左美濃」で玉を堅める作戦を選ばず、急戦調の一手は20手目の4二銀である。
(中略)
2図以下の指し手
▲6五歩△7七角成▲同飛△5三銀引▲6七銀△8二飛▲7六飛△8六歩(3図)淡路将棋は攻め4、受け6の感じ、しかしいかに粘りのマラソン将棋を好むと言っても、急所で押されては問題外。△7二飛の銀とりに▲6七銀は△7五銀▲9五角△9四歩▲7三歩△同銀で後手よし。
振り飛車側は居飛車側が動いて攻めて来た時に反撃がコツ。▲6五歩△7七角成▲同飛で角交換。次の△5三銀引で△8八角の飛車とりは、▲6四歩△7七角成▲同桂△7六飛▲7八歩で不明、いい勝負か。
▲6七銀引は軽手。飛車交換を避けて△8二飛は渋い手。そこで▲7一角は△9二飛▲6二角成△同銀▲8三銀△6八角の飛金両どりで先手不利。この辺の一手、一手を詳細解説なら、30頁、50頁を埋めることはやさしい。それは読者が疲れるだけ、省略したい。
淡路さんは▲7六飛と姿を直す。ここまでの手順と形は、前に淡路-田丸戦で経験ずみ。
次に田丸さんは△7三歩と受けたが、中原自然流は△8六歩と突き出す。これからの中原将棋の攻め筋を学んでいただきたい。
3図以下の指し手
▲同歩△7五歩▲7八飛△8六飛▲8八歩△4四歩(4図)
4図以下の指し手
▲4五歩△3三桂▲4四歩△3五角▲4七金△4四角▲6八角△8三飛(5図)中原「▲8六同飛なら△同飛▲同歩△8七飛▲8三飛△7三桂▲7四歩△6五桂が金とりになり後手有望。△7五歩に▲7八飛と引き、△8六飛に▲8八歩の受けには……ここで二手続けて辛抱されたのには驚きました」
淡路将棋の特徴がよく現れた場面。攻め好きの高段者なら、△7五歩の飛車とりに▲同飛と取り、以下△8六飛▲7七角△8九飛成▲1一角成△4四角▲同馬△同歩として「さて、それから―」と考えるところ。
叩かれては引き、進まれては受ける、もう一歩のところで踏みとどまる。最後は倒れず相手を倒す。不思議な手法でこれまで連勝してきた。彼の今後に期待し「淡路不倒流」の称号をおくる。不倒は不撓不屈にも通ずる、叩かれても踏まれても立ち上がる男、七転八起の魅力がある。
淡路「4図の▲4五歩では、▲7七角△8四飛▲4五歩でしたか―」
(中略)
5図以下の指し手
▲7七角△同角成▲同桂△9四角▲6八飛△7六歩▲6六銀△8六歩(6図)▲6一角△7七歩成▲同銀△7三飛▲9四角成△同歩▲7八歩△7六歩(7図)淡路「▲7七角の交換は予定変更、前からの読みは▲1五歩でした。しかし△8八角成▲1四歩△8九馬で不利なので。あとは粘りです」
68手目の△9四角は、御城将棋時代の宗看、看寿、宗歩、達人たちが拍手する銀とりの名角、これでおしまいと見たが……。
▲6八飛と銀とりの受け。△7六歩に▲6六銀と立ち「と金」作りを防ぐ。中原さんは有利と見るが、もう一歩の決め手がつかめない。△8六歩は次に△8七歩成以下、飛車を成って攻め勝つふくみ。
6図で▲6一角の飛車とり。△7七歩成▲同銀で後手は桂得。△7三飛で再度の角交換。▲7八歩の銀とりの受けで▲7六歩は、後に△8五桂で飛車を働かすという。
▲7八歩と受け、またも△7六歩と銀頭に叩かれるところが「不倒流」らしい。
(中略)
後手は6六馬、4六香、2四桂、急所にきかせる最善強烈な攻め。
今度こそ淡路城の崩壊とみたが……。
9図以下の指し手
▲4六金△同歩▲3七香△1五歩▲同歩△5六馬▲8三歩成△4七金(10図)▲3九桂△4八金▲同金△1七歩▲2六金△7四飛(11図)9図で後手番なら△4七香成▲同飛△3六桂▲1八玉△2八金▲1七玉△2五桂▲2六玉△4四馬▲3六玉△3五馬が一例の詰。
先手は放置できない。▲4六金△同歩▲3七香は淡路将棋の面目躍如、最良の粘りだ。
中原「△1五歩の端攻め、寄せが難解。ここで誤れば、おそらく負かされていました」
淡路「52分考えられて感服、今までの相手とは全く違います。流石は棋聖だ、名人だ、この人には勝てないなーと思いました。相手のあせり、誤りを待っていましたが……」
中原自然流の寄せの構想は天下一品。端攻めの直後△5六馬は好手。淡路さんは遂に▲8三歩成、飛車が取れれば勝ち味が出る。
△4七金、▲3九桂と受けさせ、飛車をとって△1七歩が一連の妙手順、▲7三となら△1六桂▲1七玉△2八飛で後手勝ち。
▲2六金と使わせてから△7四飛が沈着手。飛車を逃げられては淡路さんの楽しみがない。
(中略)
淡路さんはとことん粘った。勝ち味がなくなっても最後まで抵抗した。中原さんが一手でも誤れば逆転するアヤをねらっていた。
態度も駒を打つ手つきも開始の朝と変わらない。中原さんも勝ちながらも、この粘りにあきれたのではないか。
叩かれても叩かれても息の続く淡路不倒流が、今期棋聖戦で初めて敗れた。中原自然流との五番勝負で、淡路将棋が一回り大きくなる。両雄に拍手、拍手。
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中原誠十六世名人の「自然流」、谷川浩司九段の「光速流」、米長邦雄永世棋聖の「さわやか流」、内藤國雄九段の「自在流」などの名付け親である原田泰夫九段が、淡路仁茂六段(当時)に「不倒流」と名付けた瞬間の観戦記。
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本局は132手と、後年、「長手数の美学」とも呼ばれるようになる淡路九段にしては決して長い手数ではなかったが、その中にも不倒流を体現したような手が随所に出てくる。
「叩かれては引き、進まれては受ける、もう一歩のところで踏みとどまる。最後は倒れず相手を倒す」が不倒流の極意、意味するところ。
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原田泰夫八段(当時)の観戦記は、初心者が分かりやすいように多くの指し手にその手の意味するところなどを言及している。大盤解説のような流れと言えるかもしれない。
また、「△9四角は、御城将棋時代の宗看、看寿、宗歩、達人たちが拍手する銀とりの名角」のような表現も、原田九段らしくて嬉しくなる。
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それにしても、居飛車側からの急戦に手厚く備えた先手の5七金だったが、5七金という配置の長所の部分を発揮させずに欠点の部分を浮き彫りにするような中原誠十六世名人の攻め方が、あまりにも見事だ。