藤井猛九段の僥倖

将棋世界2003年3月号、「第61期A級順位戦」より。

 対局過多で、さすがの羽生にも疲労の色が見える。

 1図は藤井戦だが、ここから信じられないような終局となる。

△2四香▲4二馬△同玉▲5三金△3一玉▲3二金まで藤井勝ち。

 まさかの大トン死。2四の香がジャマをして玉が逃げられなくなったのである。詰めろなら△2五桂打の方が広いし、それ以前に△3七馬なら詰みがあるのだ。残り時間もまだあり、さほど難しくない詰みを見逃すとは、何とも羽生らしからぬ負け方である。

 一方の藤井はタナボタ的な1勝で、名人初挑戦へ一歩前進した。

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敵玉が詰むのに、自玉がトン死してしまう手を指してしまったのだから、羽生善治竜王(当時)にとっての衝撃は大きかったことだろう。

この時点で、順位戦A級、

佐藤康光二冠(2位)5勝2敗
藤井猛九段(6位)5勝2敗
谷川浩司王位(3位)4勝3敗
羽生善治竜王(4位)4勝3敗
青野照市九段(7位)4勝3敗
三浦弘行八段(8位)4勝3敗

が勝ち星上位。

翌月、

佐藤康光二冠(2位)6勝2敗
谷川浩司王位(3位)5勝3敗
羽生善治竜王(4位)5勝3敗
藤井猛九段(6位)5勝3敗

そして、最終戦の結果は、

佐藤康光二冠(2位)6勝3敗
羽生善治竜王(4位)6勝3敗
藤井猛九段(6位)6勝3敗

3者プレーオフとなり、羽生竜王が挑戦者となり、名人戦七番勝負で森内俊之名人を破り、羽生竜王が名人位を奪取する展開となる。

冒頭のようなトン死負けを引きずらない羽生竜王の強い心、本当に凄いと思う。