将棋マガジン1984年12月号、片山良三さんの第15回新人王戦決勝三番勝負〔小野修一五段-中村修六段〕第1局観戦記「両者とも持ち味を十二分に発揮」より。
勝った方が八段
第15回新人王戦は、ディフェンディングチャンピオンである中村修六段と、やはり一昨年に優勝経験のある小野修一五段との間で優勝が競われることになった。
中村は、桐谷、瀬戸、武市、浦野の順に勝ち抜いての進出。小野は、中田、大野、宮田、飯野、森下を連破しての堂々の登場である。
しかしなぜか、両者とも昇降級リーグ戦は意外な不振で、すでに昇級の目がなくなっている。
そこで、夏のすごし方が悪かったんじゃないの、(沖縄の海でナンパの限りを尽くしてきたと伝えられている)という外野の声が聞こえてくるのだが、それだと、塚田五段、島五段のリーグ戦全勝の説明がつかなくなる。
だから、昇降級リーグ不振の原因は不明、としか言いようがないのである。実際、他棋戦では相変わらず活躍を見せているし、不調ということはないと見ていい。
”新人王戦を二度制した者は必ずA級八段に昇る”という縁起のよいデータ(過去に石田、森安秀、青野が達成)が残っている。そういう意味でも、二人とも力の入る戦いだ。
思わずガッツポーズ
局後のこと、「私は小野さんの出世を五年遅らせた男」と呼ばれているんですよ」と中村は教えてくれた。
どういうことかというと、過去に中村-小野戦は五局あり、十段戦三回戦、全日本プロ準々決勝、王位戦リーグ入りの一番など、デカイところばかり中村が四つ勝っているというのだ。小野の唯一の勝ちは棋聖戦の一次予選だけ、これではとても帳尻があうわけがない。
なるほど、その四対一の星がもし逆だったとしたら、小野はもうずっと以前にスターダムにのし上がっていたと考えておかしくない。小野から見れば中村は、にっくきヤツ、目の上のタンコブ、あるいは将棋盤に立ちはだかる関取小錦のように思えているのかもしれない。
そう言えば中村は、準決勝小野-森下戦の結果を小野勝ちと知ると、思わずガッツポーズを作って喜んだといううわさもある。(本人否定するも目撃者多数)前評判は中村有利が大勢を占めている。
質の違い
振り駒の結果、小野の先番。
中村の先手ならタテ歩取り模様もあるところだが、小野先手となれば相矢倉は予想された通りである。しかし、四手目の△6二銀が異な手だ。中村は、角道不突矢倉です、ととぼけているが、要するに▲2六歩を挑発したぐらいの意味しかないらしい。アマチュアはあまりマネをしない方がよさそうだ。
小野は3筋の歩を切り▲3七銀▲3六銀と着々正攻法に駒を進める。
対して中村は、△3三角から△5一角、△7三角と三手角に構え、例によって自分からはなにもしようとはしない。これでよいのだろうかと心配になるが、「ちょっと作戦負け気味なのでは、と言われても、これが作戦ですから」とまったく意に介さない。中村流である。
しかしながら、中村の研究仲間である神谷五段、塚田五段、島五段、室岡四段あたりの評価は、「中村将棋の死角は序盤にあり」、「戦闘能力のない序盤」、「ただぶら下がってるだけ」と皆一様に厳しい。中村将棋の未完成の部分なのだろう。
本局では、相手が着々とポイントを重ねていくタイプの小野だけに、1図を見ると、その将棋の質の違いがよく表れていると思う。
(中略)
双方、奨励会の少年のころから変わらぬ受け将棋だ。だから、どちらが先に仕掛けるかというのがひとつの興味だった。
近年やや狂暴になってきた、といわれる小野が先攻するだろうというのが大方の見方。しかし、1図で中村が△6五歩と突如動いて出た。
(中略)
控室のメンバーがいつの間にか多勢になっている。中村を応援しているのが、室岡四段と神谷五段。どっちでもいいやというのが島五段と塚田五段だ。
室岡、神谷は、中村が勝った時にごちそうになる手はずがととのっているらしい。島、塚田はというと、どちらにもごちそうになれる態勢ができているのだという。なんとまあ節操のない男達である。
その検討では、もう小野勝ちの結論が出ている。
(以下略)
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「新人王戦を二度制した者は必ずA級八段に昇る」
これまでに新人王戦で2回以上優勝しているのは、
石田和雄九段
森安秀光九段
青野照市九段
小野修一八段
森内俊之九段
丸山忠久九段
藤井猛九段
山崎隆之八段
佐藤天彦名人
増田康宏五段
の10人。
小野修一八段はB級1組で昇級争いの次点で3位になったことはあるが、健康上の理由で2007年3月に引退、2008年1月に49歳の若さで亡くなっている。
1984年のこの頃は八段になるにはA級に昇級するしか道はなかったので八段=A級八段。
その後規定が変わったので、「新人王戦を二度制した者は必ず八段に昇る」が正しい表現になるのだろう。
そういう意味では、増田康宏五段が八段になる可能性は極めて高い。
山崎隆之八段も、今期はJT杯優勝、NHK杯優勝と調子を上げてきているので、A級昇級は大きく期待できる。
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中村修六段(当時)は、その後「不思議流」「受ける青春」と呼ばれるようになるが、親しい仲間による「中村将棋の死角は序盤にあり」、「戦闘能力のない序盤」、「ただぶら下がってるだけ」。
親しい棋士によるデフォルメされた遠慮のない評価はとても面白そうだ。