将棋世界2004年1月号、内藤國雄九段の「一手啓上」より。
2000年だ、ミレニアムだと胸ときめかしたのはつい昨日のことのような気がするが、はや2004年を迎える。歳月の流れの速さには今更ながら感心する。夜空にはこの9月に6万年振りに最接近した火星が今も一際明るく輝いている。同じ火星を眺めたであろう6万年昔の人類のこと、またこれから6万年後に眺めるであろう人類のことを考える。6万年の振れはあっても、人間の思うこと、考えることはさして変わらないのでは、という気がする。
恐竜は2億年という長さを生きた。それに比べると人類の歴史など何程のものでもない。
時間とは一体何であろうか、新しい年を迎える度にいつもこのことを考える。時間というものは、さまざまな顔を見せながら確実に歩みを進めていく。6万年後のことなど知ったことではないと言っても、それは確実にやってくる。我が身は存在しなくても、その時は必ずやってくる。
棋士は25歳が最高であるという調査結果が出たのは何年前であったか。現在のタイトル者、順位戦A級、竜王戦本戦出場棋士の年齢を私流に大ざっぱに計算したところ36~37歳という結果が出た。おかしいことに25歳最高説も歳をとっていくのである。時間よ止まれとどんなに願っても止めることはできない。人生の持ち時間が切れるその日まで、自分なりの充実を求めて生きていきたいと思う。
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まさしく、羽生世代棋士の年齢が上がっていくとともに上がっていく○○歳最高説。
ものすごい世代であることがわかる。
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今年の7月31日に火星が5759万kmまで大接近するが、この2003年(8月27日)の大接近のときは、5576万kmという距離だった。
今年は15年前よりも183万km遠いわけで、大接近とは言っても2003年にはかなわない。
ちなみに183万kmは、地球と月の距離の4.76倍なので、かなりな差がある。
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「時間よ止まれとどんなに願っても止めることはできない。人生の持ち時間が切れるその日まで、自分なりの充実を求めて生きていきたいと思う」
言われてみると非常に説得力のある言葉だ。
特に人生の場合は、持ち時間が切れても秒読みはないわけで…