藤井猛九段「佐藤さんの穴熊は、がっちり固まっているときはたいしたことはない。囲いが崩れると強くなるんだ」

将棋世界2005年5月号、河口俊彦七段の「新・対局日誌 A級順位戦最終局」より。

 最後に残った佐藤対藤井戦が、挑戦者を決める一戦となった。

 午前1時に近く、両者1分将棋になっている。そういうところで、藤井九段が決め手と思われる一手を指した。

8図以下の指し手
△9九竜▲3五桂△同歩▲2四香△同銀▲2三銀△同銀▲同角成△同玉▲4三竜△3三角▲3四金△2二玉▲2三銀△1一玉▲2四金△3七香(9図)

 すっぱり斬るのが藤井流。▲3五桂から▲2四香が狙い筋で、一気に殺到の場面となった。控え室の面々は、見事な寄り筋だ、と感心したが、私にはそう思えなかった。というのも、当の藤井九段があるとき「佐藤さんの穴熊は、がっちり固まっているときはたいしたことはない。囲いが崩れると強くなるんだ」と言っていたからだ。だから、玉をバラバラに崩されながら、何か反撃を用意しているような気がした。事実、△3三角と上がって受けたあたり、怪しげな雰囲気が生じてきた。

 佐藤棋聖もまた、正確と正反対のカチンと来る指し方を続ける。相手の言い分を知っていながら、平気で言いなりになっているところが佐藤流で、金の弱い人なら、▲3五桂のとき、△5三香と受けるなどしただろう。

 それはともかく、▲2四金と銀を取って決まっているかに見えるが、思わぬ順が生じていた。△3三角と受けた手が、金取りになって働きそうである。そこをにらんで△3七香と反撃を開始する。囲いを崩されてから強い、佐藤流の長所があらわれたのである。

 9図で藤井九段は▲2八玉と逃げて問題なし、と錯覚していて、△3九角以下簡単に詰まされてしまった。

 局後の検討で、9図で▲3七同玉と取り、△5五角▲4六香と受ければ詰みなしとわかった。ただし、その後△2二金打と受けて難しい。また9図で▲4八玉と逃げる手もあったようだが、いずれにせよ、8図からの流れからして、4二にいた角で5五金を取られる形など読んでいるはずがない。それを考えると、△5五角と王手で金を取られるようでは、先手が勝てない流れになっていたのである。

 終了は午前1時10分。ここで羽生四冠の名人挑戦が決まった。強烈な追い上げからして、順当な結果というべきだろう。

 順位戦は結果が出るまでは実におもしろいが、結果を知ってしまうと空しいものがある。

(以下略)

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藤井猛九段が勝っていれば羽生善治四冠(当時)とのプレーオフとなっていた一局。

「佐藤さんの穴熊は、がっちり固まっているときはたいしたことはない。囲いが崩れると強くなるんだ」

佐藤康光九段らしい現象なのかもしれない。

せっかく穴熊を崩しても、そのあとに苦難の道が待っているのだから恐ろしい。

下の写真は、この一局が終わったあとの感想戦の時の様子。

激戦の雰囲気が伝わってくる。

将棋世界同じ号のグラビア、感想戦での佐藤康光棋聖(当時)。撮影は中野英伴さん・中野伴水さん。

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囲いを崩されてから強い、ということでは木村一基九段も。

鈴木大介六段(当時)が次のように語っている。

「不思議なことに奨励会の頃から木村五段の玉は堅ければ堅いほど寄せやすく、逆に薄ければ薄いほど寄せづらい玉で、特に玉を裸にしてしまったら目が爛々と輝くのだから玉を堅める党の僕には理解出来ない所があった」

木村一基五段(当時)「世界一投げっぷりが悪く、相手は誰だろうと盤上では信用しない」