将棋世界1993年12月号、「第5回将棋ペンクラブ大賞」より。
【観戦記部門】
大賞●清水孝晏(A級順位戦/大山-高橋)毎日新聞社
佳作●落合謙(勝抜戦/加藤-長沼)日刊ゲンダイ
【一般部門/エッセー・研究など】
大賞●該当者なし
佳作●森信雄(風景・御蔵島行)将棋世界
佳作●角建逸(将棋探険隊は行く)将棋
佳作●湯川恵子(女の直感)近代将棋
【著作部門】
大賞●大竹延(将棋歳時記)創樹社
佳作●所司和晴(急戦、振り飛車破り5・徹底腰掛け銀)毎日コミュニケーションズ
特別技術賞●羽生善治(羽生の頭脳5)日本将棋連盟
【特別賞】
森田正司(詰棋めいと、詰研会報発行などを通じて詰将棋の発展に寄与)司会:高橋呉郎
選考委員:
山口瞳
中原誠
三浦哲郎(病気のため欠席)協賛・サントリー(株)(賞金・大賞十万円、佳作三万円)
■候補作
【観戦記】
清水孝晏(毎日・大山-高橋戦)
落合謙(日刊ゲンダイ・加藤-長沼戦)
奈良岡実(陸奥新報・小学生戦)
三瓶利野(福島民報・県内アマ戦)
高林譲司(将棋マガジン・谷川-郷田戦)
*次点 湯川恵子(週刊ポスト)
【一般】
森信雄(将棋世界・エッセー)
炬口勝弘(将棋世界・ルポ)
角建逸(将棋・詰棋講座)
湯川恵子(近代将棋・エッセー)
林葉直子(近代将棋・エッセー)
*次点 伊藤果(NHK・入門講座)
【著作】
大竹延(将棋歳時記)
湯川博士(一手劇場)
羽生善治(羽生の頭脳5)
所司和晴(急戦振り飛車破り)
【特別賞】
森田正司(「詰棋めいと」の発行)
*ほかには加古明光氏(雲仙災害の募金を企画し二百万円寄付した)と「将棋世界」の編集努力(レイアウトなど)が挙がっておりました。観戦記部門
高橋 では観戦記からお願いします。
山口 清水孝晏さん。私は彼のファンでして、この方文章が安定していますね。短い文に大山さんの感じが出ている。ご自分がお勝ちになって「まだ電車はあるのかな」って言ったとか(笑い)。大山さん本当に電車で帰ったのかなあ。
中原 ええ。本当に帰っていました。
山口 連盟でハイヤーでも呼ぶとか、タクシーだってたいしたことないと思うけど(笑い)。
高橋 たしか、順位戦の最終局は毎日新聞で呼んでいたようです。
山口 これが一番いいと思った。
高橋 日刊ゲンダイのはいかがです。
山口 ああ、双方入玉しちゃうやつ。将棋が好きな人が見たらおもしろいんだろうけど。特に優れているとは思わない。
高橋 谷川、郷田の観戦記は?
山口 郷田がスマートという印象は受けましたが…。
高橋 中原さんはいかがです?
中原 ゲンダイのは良かったと思いました。将棋がおもしろく、加藤さんの特徴がよく出ていると思います。もうひとつは清水さんのです。大山先生が退院されて順位戦に復帰した一局目でした。高橋君に勝って残留を決定した将棋です。ぼくも見に行きましたけど、大山先生が一手107分の大長考されて…。長考派ではないんですが凄いと思いましたね。最後は受け潰しみたいな将棋でしたね。
高橋 ゲンダイはどうです?
中原 将棋は最初長沼君がよくて、後で逆転されて。大熱戦の感じを伝えている。
山口 清水さんかな。差し障りあるかもしれないが、今、好きな観戦記は清水さん…、あと数人。強い人(棋士)の将棋はおもしろいよ。そういうのは読みたいな。羽生、森内。あのへんのベビーなんとか。あっ、チャイルド(笑い)ね。あのへんは読みたいね。
中原 ぼくも清水さんかなと思ったけど―。昨年の観戦記は大賞がなく、佳作一本(木屋氏)入っただけなんです。
高橋 じゃあ、清水さん大賞で、ゲンダイの落合さんが佳作ということでよろしいでしょうか。
山口 ええ。けっこうです。
一般部門
高橋 では次に一般部門へ。
山口 うーん。今度は悪いほうからいきましょうか(笑い)。林葉直子ってはじめて読んだけど、題材もそうだが、書き方も下品だな。「ブラジャーの紐が落ちそうになったから、手が動かせなくて手前のほうの駒ばかり指した、まるでオットセイみたい」なんてのは巧いと思ったけどね(笑い)。でもこういうのは大賞にはどうかなあ…。
高橋 森信雄さんのは?
山口 文章は…。
中原 あ、これは文よりも写真で評価してほしいんでしょう。これを見てください。(持参の掲載号を見せる)
山口 うん。白黒(コピー)でもいい写真は分かるけどね(実物はカラー)…。
中原 写真をどう評価するかですか。
―過去に弦巻氏が写真と文で大賞を獲っております。
中原 これ(御蔵島行)は駒に関係あるけど、将棋に関係ない紀行文みたいなものが多いようですね。
―推薦委員会からは、将棋指しが書けば将棋と関係なくてもいいのか、という意見がでました。基本的には将棋に関係した文章ということでいきたいです。
山口 この森さんのは、御蔵島へ天童から駒の技術を入れたり、いろいろぼくの知らないことがあってためになったけど特に優れているとは思わなかった。なん百キロも船に揺られて行くだけのことがあったのか?それが薄いような気がしましたね。
高橋 写真が巧くなりすぎて、そっちへいっちゃったとか(笑い)。
山口 たしかに巧いよね。えーとそれから、詰将棋も入るんですね。ぼくは長手数のは苦手でね。特に王が一段目を這って歩いたり、曲詰みたいのはちょっと。これはあとで中原さんにお願いして…。あとは湯川恵子さんね。この人はもっと巧いと思っているんだ。これはさほど感動していない。ヨコチャンってのはおもしろいんだけど。全体に今一という感じがした。あのね、書きづらいんだろうけど、大山・升田ならもっとなにか書けるんだろうと。「ふるいつきたいほど魅力がある」のなら、もっと具体的に書いてほしいね。この七條さんてぼく知らないんだけど、スポンサーでしょ。
高橋 タニマチです。当クラブもお世話になっていました。
山口 …升田さんところで米長の悪口を言ったら、「ニヤリと笑って、惚れとるのか米長に」というのは巧いよ。うーん佳作っていう感じかな。
高橋 あと炬口さんのルポがあります。あの、将棋酒場の話です。
山口 あれは、もうひと工夫するともっとおもしろくなると思いますよ。素材がおもしろいんですから。
高橋 では、中原先生。
中原 二つ選ぶとすれば、まず湯川さんの。升田・大山の話もおもしろいしヨコチャンもいい。でもヨコチャンを知ってる人と知らない人といるでしょうね。それと森君のは写真を含めて。ツゲのこと知らなかったから、良かった。それから角君の詰将棋探険隊、長いのをおもしろく見せています。これは知らなかった。
高橋 中原先生が知らない詰将棋もあるんですか。
中原 そりゃあります。こういうのつくる人がいたんですね。これやってると時間がなくなりますから(笑い)。
山口 中原さんはこういう長いの解くとき、空(そら)でやるの。
中原 これくらい長いとやはり盤に置いたほうがやりやすいですね。駒は動かしませんが(笑い)。
―図面と盤と違うんですか。
中原 ええ。盤のほうが考えやすい。
山口 これは本人の作品?
中原 連盟の機関誌「将棋」に古典から一般に分かるように紹介したものです。
山口 ぼくはわかんない。中原さんにお任せしましょう。
高橋 中原さんの推薦ということで、佳作にしますか…。
著作部門
高橋 今年から新しく出来た部門なのですが、ちょっとひとこと言わせてもらいます。偶然の一致なのですが、候補四点のうち、代表幹事二人(大竹・湯川)も候補に入っています。角川春樹じゃないが、自分でつくった賞をもらうことになるとちょっと…。
山口 まったくそのとおりでね。ただ、そうではあるけれどこれは凄い本だよ。大竹さんはこういう本ははじめてなの。あ、そう。これはもう一度書けといっても二度と書けない(笑い)。いやいや、ぼくらだって書けない。この人にとっては一生で一回しか書けない本だ。だから今回はぜひ、差し上げたい。
中原 ぼくもはじめて読みましたけど、びっくりしました。
山口 短歌や詩や俳句の好きな方でも楽しめるし、今までの蓄積が凄いですよ。マニアというか、調べが凄いよ。私の著作まで読んでいるんで驚いた(笑い)。
高橋 ではこの本は賞の対象にするということで…。もうひとつの…。
山口 湯川さんのね。これもおもしろいんで弱ったね(笑い)。これはうまく出来ている。つくりがいいんで、とても読みやすいね。下の脚注が洒落ていて、図面もときどき入っていて読んでいてためになる。ぼくなんか知らないことがたくさん出てくる。ただ、第二部(ヒューマンファイリング)は暗いねえ(笑い)。将棋に凝って自殺したりね…。俺の弟まで出てくるんだけどね(笑い)。それでね、この人はもっと書ける人だし、大竹さんに賞を差し上げたいし。
高橋 じゃあ、著作部門は大竹さんの大賞一発ということにして、きれいにいきましょう(笑い)。
華がある
山口 羽生さんのはどうです。
中原 よく出来ています。
―評価としてはシリーズの1・2・3・4までは特別凄いということはないが5は凄いでした。
中原 これは読んでみましたが、そうとう時間をかけていますね。しっかり専門的なことを書いている。正直ですよね、難しいところは難しいと書いてあるし。
山口 中原さんが言ったように難しいところも発表してくれたし、その頭脳が五冠も獲ったし、羽生さんにはなにか華があるからね。
高橋 所司さんのはどうですか。
中原 所司君のも労作だと思いますね。ぼくは両方読んでみて、羽生君のほうが読みやすかった。図面と図面の間が所司君のはけっこう開いているけど、羽生君のは短いせいじゃないかな。
高橋 ということは、所司さんは住作ですかね。
中原 ええ。いいでしょうね。羽生君はそうすると特別技術賞とでもしますか。
―次の特別賞は詰将棋の雑誌(詰棋めいと)や会報を出すことで、詰棋界をもりあげてこられた森田正司さんを推してありますが、いかがでしょう。
山口 異議ありません。
―まとめさせていただきますと…観戦記部門は大賞が、清水孝晏さん。佳作が落合謙さん。一般部門は大賞なしで佳作が湯川恵子さん、森信雄さん、角建逸さん。著作は大賞が大竹延さんで、特別技術賞が羽生善治さん、技術の佳作が所司和晴さん。それに特別賞は森田正司さん。
山口 いい形じゃないですか。
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1993年の将棋ペンクラブ大賞最終選考会の模様。
他の候補作についても講評されているはずだが、受賞作に関する部分が抜粋されているのだと思う。
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第1回から第4回までは観戦記部門と雑誌部門の2部門だったものが、この1993年の第5回から著作部門が新設されている。(雑誌部門は一般部門と名称変更)
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1999年の第11回からは3部門の部門賞(現在の大賞)の中から更に大賞を1作選ぶ方式となる。
2003年からは一般部門と著作部門が合体して一般部門となり、部門数が一つ減る。
全体の大賞を増やしたことによる予算の都合もあったと記憶しているが、しかし、この方式は、極端な例では『聖の青春』と『羽生の頭脳』どちらを部門賞にするかというような比較の難しい問題も発生する可能性があったため、2006年の第18回からは1998年以前と同じく各部門の大賞という形式に戻り、2007年の第19回からは、雑誌/著作の切り口の部門分けではなく、内容面から文芸/技術の部門に再編成。現在に至る。
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「この人はもっと巧いと思っているんだ」
「この人はもっと書ける人だし」
この言葉が最終選考委員から出ると、嬉しい言葉ではあるが、この最終選考委員はこの作品は推していないな、ということがわかる。
最も最近では、故・田辺忠幸さんがよく使っていた言葉だ。
元祖は山口瞳さんだったのか。