非常に説得力がある対談

将棋マガジン1987年6月号、「若手棋士訪問記 米長邦雄のスーパーアドバイス 中井広恵の巻」より。

米長 案外、将棋って強くならないだろ。

中井 そうですね。

米長 俺なんかでも、どうしたら強くなるか、どうしたら弱くならないか、いろいろ考えるんだけどわからないわけだ。簡単には強くならないよね、将棋って。だけど、簡単に弱くなるって事もないんだよ、これがまた。その両方で困るんだよな。簡単に弱くなれば、みんなマジメに勉強するわけだ。しなきゃ、えらい事になるからな。それから、強くなる方法がわかれば、これもまた勉強するわけだ。だけど、強くもならない、弱くもならない、それじゃ遊んでいた方が楽じゃないかって事になっちゃうんだよね、大体。俺もそうだけどね。で、普段は研究会に行って、それから、棋譜を並べるなんて事もするの?

(中略)

中井 あの頃は奨励会の人と指しても、”絶対負けない”って思ってたから。単に気が強かったというか……。

米長 いや、そうじゃないんだよ。その気持ちが一番大事なんだよ。どうして今はそれがなくなっちゃったの。

中井 やっぱり、奨励会に入って、一時ずうっと負けてばかりいたから。”奨励会というのはタイヘンだなあ”と思って。入る前はなんとかなるんじゃないかという気持ちはあったんですよね。

米長 あきらめに近いのかい。

中井 いや、あきらめているわけじゃないんですけど。今も5割くらいは何とか。

米長 5割勝ってれば、チャンスをつかんで上がって行くはずなんだけどね。

中井 ええ、チャンスをつぶしちゃって。この間も5連勝して負けて、その後もあと3勝2敗のところまで行ったんですけど、3連敗しちゃって。

米長 そうか、一番まずいパターンになってるんだね。大体、実力は似たり寄ったりなんだ、奨励会というのは。だけど実力以上に勝てない人と実力以上に勝てる人がいるんだ。どこでそれが出るかというと、負け型と勝ち型があるんだな。勝負事で一番まずいパターンは何かというとその負け型になる事。”勝てない”と思ってるんだね。あの人には勝てないとかね。”自分は上がれない”って型なんだな。そうなるとダメ。案外、マジメに勉強している人に多いんだけどね。

中井 昔は絶対自分は上がって行くんだという感じだったんですけど。

米長 そうだろ。勝ち型だったんだよ。

中井 だけど、入って、ずうっと負けてて、すぐ落っこちゃったんで……。

米長 例えば、あの人に絶対勝てない、って思っている人がいるよね。勝てないよ。何やったってダメなんだ。ところが”なんだ、あの程度か”と思ってると、実力以上に勝てたりするんだよ。尊敬するとか、いい所を認める、というのとはまた別だよ。そういう気持ちはなくちゃダメだからね。それとは別に、その勝ち型の気持ちを持ってなきゃいけないのね。”大体、自分がこんな級にいるのはおかしいじゃないか、今頃一つばかり上がったって手遅れだよ、勝って当たり前”そのくらいの気持ちでないとね。7級でも5級でも3級でも、実力はそんなに違わないんだから。特に若い時は1局指すごとに強くなるからね。1局指すごとに強くなるのは勝ち型の人間でね、負け型は水が流れなくなっちゃうんだな、そこで止まっちゃう。前に進まなくなるんだよ。だから、一番まずいパターンになっとるんだよ。5連勝したんだろ、あるいは、あと3勝2敗まで行ったよね。その時に”やっぱり将棋というのは実力通りになるものなんだなあ”と、こうこなくちゃいけないんだよ。それが負け型はね”私が上がるわけがない”というのがどっかにあるんだな

中井 そうですね。あと3勝2敗になった時でも、まわりの人は「ああ、じゃあもう上がったようなもんだ」なんて言うんですけど”もしかしたらつぶれるんじゃないかなあ”なんて思っちゃって。

米長 それがダメなんだ。服装であるんだけど、例えばみすぼらしい格好で帝国ホテルのロビーに行くとする、あるいは、寝起きのまんま、髪はクシャクシャ顔も洗わないで、その辺の物をパーッと引っ掛けて出かけたとするだろ、そうすると居心地が悪いよな。素敵な男性がいたって、そばに寄れない(笑)。どうしてかというと負け型になっているからなんだな。別に服装で自分自身が変わっちゃうわけではないんだけど、そこには出られなく成っちゃう。将棋もそれと同じでね、将棋盤の前にすわった時に勝つ姿勢になってるって事が大切なんだね。

(以下略)

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将棋は簡単には強くならない→簡単に弱くなるということもない→簡単に弱くなるならマズイので真面目に勉強するし、簡単に強くなるならやはり真面目に勉強をする→しかし、そのどちらでもない→困る→それなら遊んでいた方が楽と思ってしまう

これはアマチュアも直面する悩みだが、米長邦雄永世棋聖によって非常にうまく言語化されている。

この辺が、将棋の深遠で摩訶不思議な魅力に通じているのかもしれないが、悩ましいことは悩ましい。

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「例えばみすぼらしい格好で帝国ホテルのロビーに行くとする、あるいは、寝起きのまんま、髪はクシャクシャ顔も洗わないで、その辺の物をパーッと引っ掛けて出かけたとするだろ、そうすると居心地が悪いよな。素敵な男性がいたって、そばに寄れない(笑)。どうしてかというと負け型になっているからなんだな」

これも非常にわかりやすく説得力がある。

将棋に限らず、何にでも当てはまることなのだと思う。

名付けるとしたら、帝国ホテル理論あるいは高級ホテル理論となるのだろう。

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