萩本欽一さん「その時におスシを取ったんだけど先崎君のはワサビ抜きにしてもらったのね、子供だから」

将棋マガジン1991年5月号、萩本欽一さんの自戦記「欽ちゃんのドーンと指してみよう 第5局 対先崎学五段 二枚落」より。

 今回は9年前の雪辱戦。

 その時は、こっちが考えているときょろきょろキョロキョロ。やっと指すと、間髪をいれずにバチン。しまいには鼻でフンフン読まれて負かされちゃったからね。

 手合いは飛車落ちだったかなあ。

 将棋は忘れちゃったけど、その時の様子はよく覚えている。

 先崎五段にだけは絶対に勝ってやろうと思ってたんだけど、見事、返り討ちにあっちゃった。

 9年くらい前に、中学2年生の林葉直子ちゃんと小学5年生の先崎学君が来てくれたことがあったんだ。

 林葉さんは最近も大活躍。テレビや雑誌でよく見かけるけど本当に綺麗なお嬢さんになったね。その頃はかわいらしいという感じ。

 ボクのサインもらったり、一緒に写真を撮ってもらって喜んでた。

 おとなしくてさ、本当にかわいかったなあ。こんな女の子が奨励会に入ってるなんて信じられなかったよ。

 それに比べて先崎君じゃない。

 その時におスシを取ったんだけど先崎君のはワサビ抜きにしてもらったのね、子供だから。

 そしたら、一口食べた先崎君、

「どうしてこれワサビが入ってないんですかあ。ワサビ抜きのおスシなんてムニャムニャ……」

 口を尖らせてフクれてるの。

 本当に小憎らしいんだから。

 ボクは失敗したと思ったね。

 先崎君のだけ、5倍くらいワサビを入れといてもらえばよかった。

 こまっしゃくれてて面白い子供だったなあ。一度会ったらまず忘れないね、こういう子供は。

(中略)

 その先崎君もすっかり立派になっちゃってさ。歳きいたらハタチだって。驚いちゃうよね。

 顔つきも、やっぱり将棋が強くなって男前になった。

 テレビで先崎五段が解説しているのを見たことがあるけど、これがなかなか面白い。

「こんな所は僕なら考えずにこうやっちゃいますけどね。そこが僕のダメな所ですか」

 なんて、自分を反省した言葉がばかばか出てくるの。

 コイツはただのバカではないと思ったよ。もちろん、バカじゃないに決まってるんだけど。

 将棋界の中では、こういう乱暴者もいるというのはいいことだよね。話題にもなるし。

 前に偶然どこかで先崎五段に会ったことがあった。ボクが、

「そのまま大人になったみたいで安心したよ」て肩をたたいたら、

「どういう意味ですか」

 ケラケラ笑って答えてた。

 本当にいい青年になったなあ。

 子供の時よりかわいくなったよ。ほっぺたなんかポチャっとしちゃって。

(中略)

 先崎五段はノータイムでバシンと△3四同歩。

 自信満々に取られて急に自信がなくなってきた。

 また覚え違いかなと思っちゃってさ。よくあるじゃない、この形の時だけはダメなんですよ、てことが。

 どうもボクは盤面より相手の態度や目の動きを読もうとする癖があるんだよね。これも一種の職業病かな。

 以前にNHKで羽生前竜王と指した時もそうだった。

 羽生前竜王が自分の玉の方なんか全然見ないで平気な顔で攻めて来るからさ、まだうまくいかないんだろうなあ、と思って受けているうちに負けちゃったのね。そうしたら解説だった米長王将が「銀を打てば詰んでましたけどね」だって。

 しかも、投了寸前までその銀打ちで良かったんだって。

 羽生前竜王はチラッともそちらの方を見ないんだもん。少しでも見てくれればこちらも考えるのに。

 そう言ったら、

「ええ、ここはもう全然受からないですから」

 これでだまされちゃう。

(中略)

 負けてもいい気分だった。

 本局は▲4六銀と引いてからおかしくなっちゃったね。

 せっかく予習したのに、▲3四同銀と行けば良かったなあ。

 もう今度は間違わないから。

 返り討ちにあっちゃったけど、本当に嬉しかった。立派な棋士になった先崎五段とこうして将棋を指せてさ。これからも応援してるからね。

 ボクはもう10年間、NHKとテレビ東京の将棋番組は一本も見逃してないんだ。

 そのNHK杯戦で先崎五段が決勝戦まで勝ち進んだんだって。

 決勝戦を楽しみにしてる。

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「どうもボクは盤面より相手の態度や目の動きを読もうとする癖があるんだよね。これも一種の職業病かな」

萩本欽一さんは、それまで台本通りに演じていた漫才・コントの世界に初めてアドリブを持ち込んだコメディアン。

ゲストや素人出演者へのツッコミは天才的であり、そういった意味でも、相手の態度や目の動きを読もうとする癖は、根っから身に付いていたものなのだろう。

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先崎学少年を萩本欽一さんの番組に出演させていたら、かなり面白かったことだろう。

もっともそうなると、先崎少年の将棋の方に支障が出るので、萩本欽一さんは、仮にそう感じたとしても、先崎少年を番組に出演させることは決してしなかったと思う。

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「そのNHK杯戦で先崎五段が決勝戦まで勝ち進んだんだって。決勝戦を楽しみにしてる」

先崎学五段(当時)は、この期のNHK杯戦で優勝を果たしている。

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「欽ドン!良い名人・悪い名人・普通の名人」